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2011年9月 8日 (木)

『私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 』──なんとなく、ズレている

 『私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 (中公新書ラクレ) 』(武田徹著、2011年5月刊)

 まずジャーナリスティックな論考で大切なことは、それが書かれた時期である。というのも、思考というのは、ある現実があってはじめて可能となるからである。

 本書は、2002年に出版された本に「加筆、修正し」たものが、2006年に文庫になり、さらに、それを「改題し、加筆、修正され」、自分で書いたのではなく、「談話」を前書きとしたもので(末尾にそうあるが、日付の記述が誤解されやすい。私の解釈は違っているかもしれない。言えるのは、モト本は、10年近く前ということである。それは、本文の書かれ方からもすぐにわかる)、これはそのまま、「2011年論」となっていて、これ以外には、「2011年論」は見たらない。

 内容は、「1954年論」、「1957年論」、「1965年論」、「1970年論」「1974年論」、「1980年論」、「1986年論」、「1986年論」、「1999年論」、「2002年論」と題された、それぞれの時代の、「原子力」をめぐるキーアイテムを配した論考で構成されている。とにかく本書は、「2002年論」を最後に、実にお粗末な「2011年論」まで、間があいており、その間の、たとえば、「フランスのアレバ(使用済み核燃料再処理会社)」などの、きわめて現代的なキーワードに関するものはない。これが何を意味するか──。すなわち本書は、題材がタイムリーだったので、ちょっとした化粧(あまりにおざなりの化粧ではあるが)を施して、帯には「『反対派』も『推進派』も『歴史』を見よ」と大げさに書かれて売り出されたのである。「『天声人語』で話題の本」ともある。いまどき、こういう売り文句がなんらかの価値を保証するものかどうか……。「糸井重里氏、小飼弾氏はじめネット上でも反響続々」ともある。今どき、こうした名前が、どういう層を惹きつけうるのか。

 書かれた時代が古いから、「はじめに」に引用される評論家等も、「なんとなく、ズレている」。著者はいったい、右なのか、中道(左とは言うまい(笑))なのか? 「文芸」評論家の国家論を引用されてもね~……である。敗戦後の日本の発展が、原子力「だけ」で成り立ってきたわけでもあるまい。そこに、経済論は皆無である。
 Amazonのレビュアーのどなたかも言及されていたように、佐野眞一などの、大御所の論をちびちび取っての論でもある。

 しかし、ま、それなりに、おもしろい着眼点ではあるし、他人の論考も、援用や引用のために、よく読んでいるようなので、★3つ。

 一般的な印象としては、いまの原発推進の元凶とであるかのような、元読売テレビの社長だかの、柴田なにがしのことをあげつらったような本が、中公新書ラクレ(=読売)から出るかね~? というのはある。まず、岩波新書からには絶対に出ない内容と文章力である。

 著者が用いる「スイシン派」「ハンタイ派」という図式こそ危険視すべきだし、著者が掲げる「弱者最優先」という、いまどき、そのへんの政治家でも面はゆくて言えないような言説
をこそ、疑うべきであるとも思う。

私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 (中公新書ラクレ)Book私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 (中公新書ラクレ)

著者:武田 徹
販売元:中央公論新社
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