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2012年12月

2012年12月20日 (木)

わん太に内緒

わん太に内緒。スタバの今年のクリスマスベアリスタは、くるみ割り人形の兵隊。残り1個しかないということなので、引き取った。クリスマスイブまで、わん太には、ひ・み・つ。
(どーでもいいが、このクマ、ひげが目より大きい(笑))。

Bea2

2012年12月 9日 (日)

カラマーゾフの兄弟1: 1 (光文社古典新訳文庫)──驚きの日本語

カラマーゾフの兄弟1: 1 (光文社古典新訳文庫) [Kindle]

ドストエフスキー (), 亀山 郁夫 (翻訳) 

 新潮社の『ドスエフスキー全集』を持っているので、原卓也訳で読んでいたのだが、寝るとき、寝室を暗くして、Kindle Whitepaperで、「続き」が読みたかったので、本書を購入してみた。訳語の細かな部分には拘らず、だいたいの物語を追えればいいと思っていたが、どうも、本書の訳で読むと、ドストエフスキーの深みがなく、違ったものを読んでいるような気持ちになった。大筋は、たぶん、原訳を参考にしていると思われる。しかし、日本語に疑問を持つような表現が多く、一部マスコミでは評判になったように記憶しているが、はっきりいって、私にはどこがいいかわからない。やはり、ちゃんとした本で読みたいと思う。

 とりあえず「1」だけしか買わなかったのは正解であった(笑)。

2012年12月 8日 (土)

マンボ! ばかん♪

 

雪のピレネー山脈を越え、飛行機はボローニャ空港に着いた。2列、2列の席が並ぶ機内で出されたのは、パンと飲み物。しかし、このパンがうまいのだ。やはり小麦が違うから、まずくなりようがないのだな。早速タクシーに乗り込んで、ホテル「アストリア」まで。20分もかかってなかったので、日本円にして、1000円台だったと思う。車種はメルセデスのSWで、どうもイタリアでは、ワゴン車ありで、思い思いの車をタクシーにしているようである。すべて「公式」のタクシーである。そして、ボローニャでは、やはり「大学の町」だけあって、人々は愛想がないながらも誠実で、タクシーの運転手しかり。帰りなど、数百円ぶんのチップすら受け取らず、ちゃんとおつりととも返してくれた運転手もいた。

 ホテルはBooking.comでバーゲンをしていた(笑)、三つ星だったかな〜? まあ、ごく普通(?)のホテルだったが、荷物を持って入っていって、「ボンジョルノ」と言ったのに、フロントのオッサンは顔すらあげない。しばらくねばっていると、のろのろ受け付けを始めた。なんつー無愛想な!とのっけから頭に来たが、部屋に入ってしばらくして、wifiや、行き先のことなど聞きにいくと親切に教えてくれ、笑顔も添えられて、「いいひとになっていた」(笑)。どうもボローニャ気質っていうのはそういうものらしい。ウィンクぱちぱちのフィレンツェとは全然違っている。
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ホテル「アストリア」前にて。
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まず、モランディ美術館を探して出発して、よくワカンナイけど、なんか歴史的記念物みたいなので撮影した。この建物の向こう側のカフェのような店だったかで、モランディ美術館を聞こうとすると、美少年が出てきて、「それは、マンボだよ!」という。なに? マンボって?!(いや〜、実は出発前にwebで調べていたから、だいたいわかっていたんですけどね……) マンボとは、ここ、ボローニャの、キーワードとなる。

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「ボローニャ名物」、ポルティコ。通りの歩道部分に屋根がある。向かって左側はすでに道路。パリのパサージュみたいなものかなと想像していたが、ちょっと違った。パサージュは商店の集まった場所がアーケードにようになっているが、ポルティコは単なる歩道に屋根で、その昔、屋根をつければ、公共の場所となり、税金がかからなかったとか……(NHKの『まいにちイタリア語』で先生が言っていた)。



2012年12月 3日 (月)

しゃべった、歩いた、疲れた@イタリア旅行

 ボローニャ行き帰り二泊。鉄道でフィレンツェまで。超高速で30分。フィレンツェ二泊の、弾丸旅行に行ってきた。四泊六日で、まあ、しゃべったわ、しゃべったわ、イタリア語を! そして、目的の場所を探して一日20000歩近く、そして……疲れた。乗り換え地点のフランスは、シャルルドゴール空港も、やっとのことで、帰りのJAL機に、乗り込んで、客室乗務員のお姉様がたの満面の笑顔で「お帰りなさいませ」に迎えられた時には、『暮らしの手帖』2012年12-2013年1月号の、ドナルド・キーンのエッセイではないが、「日本人てなんてやさしくて親切ぅ〜」、日本人に生まれよかったぁ〜(海外旅行たび思うのだが(笑))と、心から安堵するも、「わかりにくいんだよ、乗り換えが!(日本人の従業員が全然おらず、日本語はほぼ通じない。しかも、乗り換えターミナルは、降りた地点の反対の端(その距離は、ひとつの町といってもいいほどの距離)」と、JALへのクレームも爆発! でも、よかった〜……と、安倍晋三ではないが「美しい国日本」……と、思わないでもないが、まあ、「世界一安全」(治安が)は、キーンさんのおっしゃるように確かでしょう。

さあ、どの「お写真」から行きませう? 歩くのに夢中で、あんまり撮らへんかったけど。
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 すでに暗いけど、まだ午後4時頃のはずのパラティナ美術館のあるピッティ宮。
ベッキオ橋を渡ったところにある。列車でフィレンツェに着いて、ホテルにチェックインして、それほど時間が経ってない。ホテルは、和辻哲郎も泊まったホテルもこのあたりかとおぼしき、アルノ川沿いのホテル。なので、ここへ、徒歩ですぐ。

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