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2013年3月 1日 (金)

『ぼくの住まい論』──「論」はいらない

『ぼくの住まい論』内田樹著(新潮社、2012年7月刊)

 「論」と銘打つからには、普遍化されていなければならず、普遍化とは、いかなる人も、その考え方を応用できなければならない状態をいう。本書を読んでわかるのは、著者は、文筆で世間的に名前が売れて、現代思想などという若者があこがれるような分野が専門であるが、一方で、日本古来の武術の師範でもある。慕ってくる人々も多く、彼らをあまねく受け入れる、道場兼住まいがほしいと思っていた……。そういう「よきことを考えている」と、どこからか、資金や手助けしてくれる人々が集まってくる……。しかし、これが、ハワイにコンドミニアムがほしいというような個人的な欲望だったら、これほど人は助けてくれなかったと思う……。と、著者は書いている。私はこうした論理には胡散臭さを感じる。よき内容であることの判断は誰がするのか? 自由とは、ハワイにコンドミニアム、だろうが、おおぜいの若者がやってくる道場だろうが、その欲望は同じものであると思う。

 果たして、神戸だかどこだかの駅付近に建てたこの建物が、土地+建築費で、いくらかかったのか。「すまい論」の読者が知りたいのはそこである。しかし、数字に関する言及は、どう本をひっくり返してもいっさいなし。書かれているのは、著者の幸福の記述のみ。そりゃ、誰だって、みんなが慕ってきて、若い奥さんをもらって(笑)、楽しく和気藹々と暮らしたいですよ。

 著者の「はしゃぎすぎ」の文体は、そろそろ、こういう時代には、鼻についてきませんか?>レヴィナスさん。

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