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2013年5月13日 (月)

『文学界2013年6月号』──もはや文芸誌は出版社のPR誌

『文学界2013年6月号』(文藝春秋)

 ひさびさに新作の小説でも読んでみようと本書を購入したら、(当然のことながら、というべきか)「村上春樹特集」であった。都合のよいことに(笑)この号で、発表される「新人賞」は、今回「受賞作なし」。雑誌の発売日からして、本誌に、村上の新作の論考を寄せている面々は、文面にはおくびに出してないが、4月12日の発売以前の、「トップシークレット期間」(笑)に、『多崎つくる』を読んだに違いない。そういう状況にあれば、『つくる』を酷評はさておくとしても、批判的なことを書けるはずもない。まあ、メンツも「それなりに」揃えてあるわけですが……(笑)。論考は以下の順である(長さは、400字詰換算、20枚から50枚程度と推定される)。

 沼野充義→「傷」「巡礼」の検証なく、書かれてあるままに「おごそかに」受け止め、その書かれ方には、なんら疑いを挟むことなく、まるで世界の古典を解説するように解説していく。文庫解説な文章(笑)。

 内田樹→あろうことか、村上春樹と上田秋成を同列に並べ、無理矢理共通点を見出している(笑)。この「批評のスタイル」は、「60年代の批評理論スタイル」なんだそう。1行目に、「小説を論じるときに『主題とは何か?』というような問いかけから始まるアプローチはずいぶん時代遅れのものだ」と、「60年代の批評理論」を援用。でもサ、60年代って、いったい何年前? この論考は、(あこがれの村上春樹の新作がひとより先に読め、しかも、それについての文章も書かせてもらえることになって)うれしくて舞い上がったのか、文章自体が支離滅裂。

 鴻巣友季子→あろうことか、村上春樹とラブレーを同列に並べ、以下は、ゲームの解説本のように、延々と「読み解いている」。

 鈴村和成→あろうことか、村上春樹と谷崎潤一郎を、「同等」の作家として取り扱い、谷崎と村上が、私生活で移動した地域などを解説(それが文学的に、なにか意味があるのか)。いちばん長く、50枚くらいなのかな~?

 上記の面々に共通していることは、村上春樹を、いっさい批判してはならない「世界的な大作家」として扱い、かつ、『多崎つくる』を、厳粛に扱われることになんの疑問も感じない、大傑作として扱っている。
しかしながら、すでにおかしいのは、歴史に残る古典さえ批判されることはあり得るのに、ここにはその余地はかけらもないことである。

 いまの文学界とは、そのようなものであり、よって、「新人賞は受賞作なし」でも、しかたないのかな~って状況。

 まあ、まっとうな文学者なら、『多崎』などは、批評の対象にはしないと思うけどね。

 上記の人々は、「悪魔に魂を売ってしまった」証拠をここに残しているんですね(笑)。


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