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2013年5月27日 (月)

『半島』──ジュリアン・グラック+古井由吉

『半島』(松浦寿輝著、文春文庫、2007年7月刊)

 本作の題名を見て、すぐに思い出されたのは、ジュリアン・グラックの『シルトの岸辺』である。『シルトの岸辺』も、『半島』のように、「拝命」、「海図室』、「会話」など、小題が立てられている。イタリア自治都市を思わせる架空の国オルセンナの、シルト海を隔てた敵国ファルゲスタンを防諜する命を受けた名門出の「私」の、カフカ的とも言える不条理の物語。この小説が、『半島』の作者の脳裏にまったくなかったとは思えない。それと、『半島』の作者があこがれる作家、古井由吉の、輪郭のぼんやりしたような世界の、なまめかしい描写。このふたつが、この作者をして、『半島』の筆を進めさせたと考えられる。

 だが、残念ながら、本作は、グラックの強靱な思想も、古井由吉の艶めかしさも持ち得なかった。ただ、文庫解説者の、「東京大学教授」山内昌之の、まとはずれな門外漢の賞賛を得たにすぎない。あ、「読売文学賞」も。それにしても、この著者は、同賞といい、詩では高見順賞、小説では芥川賞、仕事は東大教授(今は退官されたが)、およそ文化に携わる者のあこがれる、ほとんどすべてを手に入れていて、それで、『半島』の主人公が、大学を辞め、人生をどうしたものか、憂えているような中年男と言われても、ほとんどの読者は共感を持ち得ないと思う。それになにより本作には、書く喜びが感じられない。作者自身が、こんな世界を信じていないのではないか。グラックの書く世界は架空ながら、リアリティがある。しかし、本作は、あまりに抽象的すぎて、絵空事そのものである。作者はなんの実感もないまま書いたのではないか? 実感とは、かつて訪れた外国の都市の、細部を知識として知っている、ということではない。また、個人的な思い出でもない。おのれの腹のうちを見せるという覚悟である。私は好みではないが、少なくとも、松浦の「師匠」、古井由吉にはそれがある。それは、某女性作家との色恋沙汰ぐらいどーってことないと呑み込んでいく居直りなのかもしれない。

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