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2013年5月26日 (日)

『陛下』──力作だが、「陛下」がファッション

『陛下』(久世光彦著、新潮文庫、1996年刊) 

 題名に関心を持って買ってあって、長い間「積んで」あったが、このたび開いて読んでみた。13年ほど前に出た新潮文庫版である。久世光彦の小説は以前にべつの作も読んで感心した(だが題名は忘れてしまった(笑))ので、今回も期待を持って読んだ。だが、ワタシ的には期待外れであった。のっけから始まる、昭和10年頃の東京郊外の歓楽街の描写は、「見てきたよう」で、すばらしい。

 そう、この「見てきたよう」が、この作者の長所であり、短所である。物語は、2.26事件へと至る、青年将校と娼婦を、男女それぞれの主人公に、この恋人たちの、内面のありようを、生い立ち、当時の風俗を交え、実際上の事件をうまくはめ込み、描き出している。題名にある、「陛下」は、昭和天皇のことである。主人公の青年将校、剣持梓の、幼少時からの夢にしばしば現れるあこがれの人物。それは、恋人となる娼婦、弓へも伝染する。

 風俗は「見てきたよう」。しかし、肝心の「陛下」は、抽象的なままである。いくら執拗に描いても、具体的姿とならない。アンティミティー(親密性)を欠いている。つまり、この青年将校にとって、「陛下」などどうでもいいものなのである。というか、作者は、そこまで「陛下」を信じられない。それがこの作品の最大の瑕疵にして致命的な瑕疵である。

 肝心の「陛下」がファッションなんである。困ったことに(笑)。

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