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2013年6月13日 (木)

『太陽の季節』──ありえない世界を描ききる

『太陽の季節』(石原慎太郎著、新潮文庫ほか) 

 私は、本作を、講談社の『現代短編名作選5』に収録されたもので、たった今読んだ。このシリーズは、日本文芸家協会が編んだもので、年代順(1945年から)全6巻である。一応、1巻から読んでいるのだが、田中慎弥の「共喰い」のレビューの前に、「閣下」の芥川賞受賞作って、どんなだろう(笑)と、5巻に収められた本作を読んだしだいである。

 確かに、嫌悪感を催すような青年が主人公であり、書き方も、書かれている風俗も、まともに生きる普通の日本人が、嫌悪や反感を持つような内容である。それでも、これが、おフランスなら、たぶん、事情も違ってくるし、こういう人々(「太陽族」と、当時は言われたようであるが、私はよくは知らない(笑))も現実に存在したであろう。

 どーでもいいが、冷静に読めば、この主人公は、「ハイスクール」に行っている「高校生」だぜ〜!!。小学生でも車の運転をしている、『鉄人28号』の正太郎クンを思い出してしまったゼ。その高校生が、ナイトクラブで遊んだり、父親の使う料亭で女と食事をしたり、なんにもの女遍歴を持っていたり、ヨットや別荘で遊んだりする。主人公の龍哉は、自宅の離れを居室にしていて、二間ある。女といろいろ交渉しても、おとなは、父親が、「パパはそんなに金持ちじゃない」なんて、甘ったれのピチブル台詞を吐く他は、まったく出てこない。教員も、いっさい、口うるさいおとなは出てこない。けんかをやっても、キャバレーの「女給」(こんな言葉は、Atokでは変換されない(笑))と騒いでも、すべて、高校生たちだけの世界である。そんなのありえな〜い。確かに、主人公の龍哉は、弟の裕次郎を彷彿とさせる。しかし、これは、完全に架空の世界と見た。それを、ここまで(400字詰換算、110枚くらい)描ききるのだから、まあ、とりあえずは、「昭和の名短編」のひとつじゃないんですか? 作者がその後、どのような生き方をしようが、私はどうでもいい(しかし、これほど、多くの人に憎まれているのに、なんで、都知事に当選したんですかね〜?)

 蛇足ながら、「維新の会」のメンバーで、本作を読んでいる人は、何人くらいいるのだろうか(笑)?

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