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2013年9月

2013年9月14日 (土)

映画『共喰い』──純文学経由ロマンポルノ行き

『共喰い』(青山真治監督、荒井晴彦脚本、田中慎弥原作)

 なんでも、「ロマンポルノ」したかったのだとか。昭和天皇崩御の時間と一致させ、原作にはない「その後」を付け足しているのは、やりすぎ。脚本の荒井晴彦が悪いのか。だいたい、この脚本、まともなセリフのほとんどは原作のまんまである。脚本家としてやることと言ったら、よぶんな「その後」のエピソードしかなかったのか。こういう、いかにもリアルな地方都市を舞台に、方言なんか使ってしまうと、どこかリアリティがあると錯覚に陥ってしまうが、よく考えてみれば、高校生が、父親とその愛人との性行為を克明に観察し、かつ、その他の父の性生活について、つぶさにつかんでいるなどあり得ない。いくら今の高校生がませているとはいえ、セックスもやりすぎで、あるのかもしれないけど、リアルかどうか……。とくに、監督の青山真治は、薄汚いものをも、意味ありげにきれいっぽく撮り、「ギリシア悲劇性」を喚起しようと意図しているようだが、それが却ってあだになって、「過ぎたるは及ばざるがごとし」になっている。

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小説『共喰い』──画竜点睛を欠く

『共喰い』(田中慎弥著、20121月、集英社刊)

 確かに、青山真治監督の映画だと、Amazonレビュー欄のどなたかも指摘されていたように、「ギリシア悲劇」を思わせる。しかし、現実生活ではあり得ないような状況、展開を見せられて、そのあまりのどぎつさに、すぐに「ギリシア悲劇」に逃げてしまうのはどうだろう? なるほど本作には、地方都市を舞台に方言が使われていて、それでリアリティがあるような錯覚にとらわれるが、果たして、日常的に父親とその愛人の性行為を見てそれにとらわれ自らもそうしてしまうのではないかと考える17歳の高校生には、どれほどの「現実性」があるだろうか?

 本作は、作家、いな、「文豪」たらんとする田中慎弥が、数々の日本名作を読んだり、日課として身の回りのものを文章でスケッチする描写の修練(だがこの「成果」は容易に、汚らしい川の描写にも見てとれる)を経て培った筆力で、巧みに巧んだ創作である。だが、なにか足りないものがある。それは、むしろ、「自分自身」である。ここには、田中本人はまったく顔を出していない。むしろそれが本作の欠いているものとなっている。そのくせ、篠垣遠馬は、などと三人称で書きながら、視点は完全に一人称のものである。

 50年以上前に、20代前半で芥川賞を取った「閣下」こと石原慎太郎の「太陽の季節」と、2012年に40歳近くで取った本作を、一概には比べられないが、どーなんでせう? ……両者、いい勝負だとは思いますが。むしろ、「閣下」の田中作品についての言及、「田中氏の資質は長編にまとめた方が重みがますと思われる」という言葉はあながち間違っていないと思われる。

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2013年9月10日 (火)

『サイド・エフェクト』──ストイックな美しさ

『サイド・エフェクト』スティーヴン・ソダーバーグ監督、スコット・Z・バーンズ脚本

 中年の精神科医と若い女性患者。ありがちのストーリー展開にはならない。だいたいこの二人は、対決こそすれ、関係しない。思えば、ソダーバーグが、そのデビュー作(?)の『セックスと嘘とビデオテープ』から、セックスをテーマにしたことはない。彼のテーマは、「セックスの周辺を流通する世界と、それに関わる人間たちの嘘」である。ずばりセックスを期待していた観客はまったくはぐらかされる。

 エンターテインメントのアメリカ映画を見ていれば、アメリカ人がいかにセックスを人生の重大事にしているかがわかる。いい年のオバサンまでが、夫が自分を女として見てくれないと悩む(メリル・ストリープ主演『31年目の夫婦げんか』)。しかし、ソダーバーグはそういう風潮とは無関係だ。ただ彼は現代社会を生きる「生」の複雑さを見つめる。本作では、精神安定剤のアメリカでのカジュアルな流通(テレビでCMをやっている)と、それを逆手にとった「嘘」を、美術的に配慮された画面(本作を最後に、彼は画家としてのキャリアに挑戦するという)で見せる。配役はあくまで、「リアル」にこだわる。ジュード・ロウ、ルーニー・マーラ、チャニング・テイタム、キャサリン・ゼタ・ジョーンズの演じる主要人物が、俳優たちの実年齢とほぼ同じに設定されていると見た。

 ソダーバーグは、映画監督としての最終作で、テーマ的にはデビュー作に戻ったように感じた。そこにはすがすがしい「初心」があり、それは題材のスキャンダラスな外観を裏切って、ストイックな美しさを湛えている。

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2013年9月 6日 (金)

「フーコーを読む 2013」

「フーコーを読む 2013」


HP更新したから、来てね〜↓

http://www.mars.dti.ne.jp/~rukibo

似顔絵は、自称「マウスの絵師」、わたしくメが作製いたしました↓

Foucault

Foucaultr




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2013年9月 2日 (月)

『マジック・マイク』──肉体=知性の時代

『マジック・マイク』スーティーヴィン・ソダーバーグ監督+リード・カロリン脚本+チャニング・テイタム主演 

 チャニング・テイタムの鍛え抜かれた完璧な肉体は、かつてのスタローンとか、シュワちゃんの、非知、非自然の肉体とは完全に違う。男性ストリッパーを演じようが、あくまで無機的かつ、ナチュラルなのである。無機的とナチュラルは、相反する概念のように見えるが、彼の肉体の中では解け合っている。

 男性ストリッパーの世界を、ソダーバーグは、決しておちゃらかすことなく、あくまで、現実的なビジネスとして描く。そこにはハードなダンスレッスンもあれば、心の繊細な動きもある。主人公のマイクのほんとうの関心は、家具のデザインで、スカウトした未成年の青年の姉の家の家具も、ちゃんと見て発言するところにリアリティがある。

 画家になることを決意して、監督業をやめるソダーバーグの、最後から二作目なのだろうか? とにかく、画家らしいスタイリッシュな映像と構成が目を引く。脚本は、同じテイタム主演の『ホワイトハウス・ダウン』と同じ人で、やっぱり、ストリップ・ダンサーは、ホワイトハウスの護衛官になったのか~(笑)である。ここでも、テイタムは、すばらしい身のこなしで、映画の質を上げている。

 時代は、完全に変わった。かつての二枚目、マシュー・マコノヒーも、「老醜」で、テイタムを引き立て、ごくろうさま、です。かなりどぎつい40代ストリッパー兼経営者の役は、ほんとうにうまいと思えど、やはり、今は、テイタムが光輝いている。

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