« 『言葉と歩く日記』──真の作家であるためには最終的にひとつの言語を選ばなければならない | トップページ | ウンベルト・エーコ『歴史があとずさりするとき』──翻訳(リッカルド・アマデイ)もすばらしい! »

2014年1月 3日 (金)

『インフェルノ』──シナリオの作り

『インフェルノ』(ダン・ブラウン著、越前敏弥訳、角川書店2013年11月刊)

 

 ダン・ブラウンは、テーマを選ぶのに何年もかけるという。テーマさえ選べば、それだけである程度の読者をつかむことができる。世界中の読者も舐められたものである。本作の舞台である、フィレンツェには一昨年に行った。街は、この小説に書かれた通りではない。そう、すでに、それからして、映画である。まず、この小説の冒頭に出てくる、ヴェッキオ宮が見えるような病院はない。それにしても、小説の作りがまるでシナリオそのものなのには、がっかりである。トム・ハンクスの顔がすぐ浮かび、お約束どおりの美女がからんでくる。お約束通り、歴史的事実にからんだ「組織」のようなものが出てくる。著者の夫人は、画家で美術史家なので、そういう知識はてんこ盛りだが、それだけ、という感じもする。だが、今回、さすがに、映画化がないだろう。あっても、三流以下の監督作となろう。

 ウンベルト・エーコが、『歴史が後ずさりするとき』(岩波書店)というエッセイ集で書いているように、『ダ・ヴィンチ・コード』に書かれた事実もでたらめだったようだ。しかし、本作は、その『ダ・ヴィンチ・コード』より、さらに文章の質が落ちているように思われる。

|

« 『言葉と歩く日記』──真の作家であるためには最終的にひとつの言語を選ばなければならない | トップページ | ウンベルト・エーコ『歴史があとずさりするとき』──翻訳(リッカルド・アマデイ)もすばらしい! »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『インフェルノ』──シナリオの作り:

« 『言葉と歩く日記』──真の作家であるためには最終的にひとつの言語を選ばなければならない | トップページ | ウンベルト・エーコ『歴史があとずさりするとき』──翻訳(リッカルド・アマデイ)もすばらしい! »