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2014年3月13日 (木)

『ミスティック・アイ』──日本人には理解されにくい作品

『ミスティック・アイ』(D.R.フッド監督、2011年、イギリス、85分。原題『Wreckers』)

 2011年の作であるが、ベネディクト・カンバーバッチの人気に当て込んでか(邦題もそこからつけられたようだ)、いま、芸術系の小さな映画館で上映されている。

 しかし、主役は、カンバーバッチの妻役の女性である。本作は、デンマークで評判となった『ある愛の風景』のリメイクであると思われるが、ハリウッドでもリメイクされていて、オリジナルは観ていないものの、ハリウッド版は、ナタリー・ポートマン、トビー・マクガイア、ジェイク・ギレンホールのキャストで、『マイ・ブラザー』という題名だった。

 マイ・ブラザーというとおり、兄弟の話である。アメリカ版では、兄(トビー・マクガイア)が戦争に行っていて、その妻(ナタリー・ポートマン)の留守家庭を助ける弟(ジェイク・ギレンホール、妻から見れば義弟)と仲良くやっているところに、突然兄が戻ってくるが、兄は以前の兄とは性格がまったく違っていて、妻も弟も混乱する、という内容であった。

 イギリス版は、戦争から戻って、突然訪ねてくるのは、弟の方で、教師の兄(カンバーバッチ)とその妻が振り回されるというストーリー。両作が共通しているのは、兄にしろ弟にしろ、戦争(現代の戦争)に行っていた者は、精神に変調をきたしているという点である。アメリカ版は、ただそれけで、そこからいろいろな問題が生じ、登場人物たちの葛藤が描かれるが、やがて、救いの道が見出される。

 イギリス版は、戦争でトラウマを負った者に加えて、親による虐待問題が加わっている。つまり、戦争から帰還した弟は、親による虐待のトラウマをすでに背負っていた。そして、迎える、兄カンバーバッチも、同様にその傷を背負いかつ、弟を守る役もし、かつ、親に「復讐」したという秘密も背負っている。そして、その妻も、虐待はないのだろうが、養子であった。そういう複雑な子ども時代を持つ者たちが、兄弟の育った田舎町(に、夫婦は都会から引っ越していた)で、彼らの「過去」を知る者たちと、「社交」する。その間に、さまざまな事柄が噴出するというストーリーになっている。

 そういう物語が、イギリスの田舎の夏、それなりに美しい光と空気に満ちている、そういう場所で展開される。だから、日本の観客は、果たしてどこをどう見ていいのか、わからない。つまり、これがイギリスであり、ヨーロッパなのだと思わせる。その空気感と「問題」を味わえばいいのかなと、そういう映画である。

 カンバーバッチファンの私であるが、本作の彼は、そういう光のなかで美しい肉体とまなざしをさらし、まー、こういう顔は、イギリスにしかいないのだろ~な~と、思ったのであった。

 原題『Wreckers』は、レッカー車移動の、レッカーであるが、「家庭を壊す者たち」という意味か。

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