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2014年7月22日 (火)

『複製された男』──無気味というより陰気な映画(★★★)

『複製された男』ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督(2013年、原題『ENEMY』)

 自分と瓜二つの人間に出会う、ドッペルゲンガー現象は、なるほど「悪夢」のひとつで、既存の題材ながら、それをどう描くかが問題だが、本作は、どうも既視感が否めない。このテのテーマにとって重要なのは、リアルな手触りである。原作者はポルトガルの作家ということなら、そのヨーロッパの果ての国の手触りに、無気味さが裏打ちされるのである。しかし本作は、舞台は、アメリカに似ているが、アメリカではない国、カナダのトロントになっている。つまり、より抽象的でつかみ所のない雰囲気。ジェイク・ギレンホールは熱演であるが、どうも感情移入できない。日本のポスターには、推理作家が連名で推薦しているようだが、大したトリックがあるわけではない。無気味というより、陰気なのである。陰気な街、陰気な音楽、陰気な登場人物。

 監督は、いったいどういう映画が撮りたかったのか、よくわからないところがある。デヴィッド・リンチ風な猟奇的な作品にするなら、配役を少しひねって、ジェイクの妻を、実際には母親役のイザベラ・ロッセリーニ(彼女と年がそう違わない私はショックであったが(笑))にして、「夢想の中の女」を、若手の、恋人役のメラニー・ローランにする。……なんてことを考えてしまった(笑)。

 愛らしい顔立ちのナオミ・ワッツが変身していく、彼女の出世作でリンチの『マルホランド・ドライブ』と似通ったトーンを持っているだけに、突っ込みの足りなさが惜しまれる。

 ただ、ジェイク・ギレンホールは、よく演じていたと思う。とくに私のようなファンのヨコシマな目で評価するなら、彼の至近距離アップは「ありがと〜」のひとことであった(笑)。これがジェイクでなかったら、★二つだが、彼に免じて、★三つ。しかし、ホアキン・フェニックスが演じるなら、映画は演出意図をはるかに超えて、★四つをつけるべき作品になり得たかもしれないな〜……などという可能性をも夢想する。

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