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2014年9月20日 (土)

プラド美術館の目玉

 プラド美術館の目的は、ベラスケス『侍女たち』(1656年)。『プラド美術館の三時間』の著者(エウヘーニオ・ドールス)に言わせれば、美術館の前にある樹木も、「世界の名木」なんだそうである。この、自画自賛的スペイン人の評論家の言葉を待つまでもなく、あたりはたいへん心地よい雰囲気に包まれている。

「あたかも画家は、自分が表象されている絵のなかに見られると同時に、自分が熱心に何かを表象している絵を見ることができないとでもいうように。彼は、両立しがたいこの二つの可視性の境界に君臨しているのである。

 画家は顔を心もちまわし、頭を肩のほうに傾げて見つめている。目に見えぬ一点を凝視しているのだ。けれどもわれわれ鑑賞者には、それが何か容易に指摘することができるのである。その一点こそ、われわれ自身、われわれの身体であり、われわれの顔であり、われわれの眼であるからだ」(ミシェル・フーオー『言葉と物』渡辺一民・佐々木明訳、新潮社、1974年、p.27)

" Comme si le peintre ne pouvait a la fois etre vu sur le tableau ou il est represente et voir celui ou il s'emploie a representer quelque chose. Il regne au seuil de ces deux visibilites incompatibles.

    Le peintre regarde, le visage legerement tourne et la tete penchee ver l'epaule. Il fixe un point invisible, mais que nous, les spectateurs, nous pouvons aisement assigner puisque ce point, c'est nous-memes : notre corps, notre visage, nos yeux." (Michel Foucault "Les mots et les choses". p.20 (Editions Gallimard, 1966)

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