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2015年2月 1日 (日)

『その女アレックス』(Kindle版)──スジだけでできた小説(★★)

(ネタバレ注意──スジだけでできているので、なにか語ろうとすると、どうしてもネタバレにならざるを得ない(苦笑))

 巷で話題になっているから、今朝の5時頃Kindle版ダウンロード。大急ぎで「ページを繰り」、7時頃読了。「思わぬ展開」というので関心を持ったが、「想定以下」の「ありがちな」展開であった。

 日本語翻訳で読むかぎり、この小説には、欧米文お約束の代名詞が出てこない。原文を見てないので、そこは訳者の方が、そのように変えたのかもしれないが、とにかく、「アレックス」でずーっと通すので、「その女」は、もしかして、「男」かもしれないと予想したが、そうではなかった(笑)。

 アレックスという名の看護師が誘拐され、暴力をふるわれ(レイプなし)、座ることもできないような箱に監禁される。その箱は地上から2メートルか、吊り下げられている。一方で、画家のロートレックを彷彿とさせるような低身長の刑事がこの事件を追う。どうして誘拐がわかったかと言えば、「目撃者の通報」である。パリ警視庁はてんやわんやの大騒動(のように見える)。この刑事も、妻を誘拐され殺された経験があり(なんたる偶然(笑)!)心に傷を負っている。この二人の「主人公」の章を、代わる代わるに展開させる。

 アレックスを誘拐した犯人は、なんで誘拐したかと言えば、息子を殺された復讐である。その息子は軽度(?)の知的障害があった。しかしその「誘拐犯」は早々に死に、彼の携帯に残されたアレックスの写真や、電話をかけた記録などから、警察は、被害者の位置を探っていく。

 だが、被害者は逃亡に成功する。アレックスは、「なぜわたしなの?」などと思うが、連続殺人を犯している。しかし、それは、少女時代に性的虐待を受けていた兄(異母か異父)によって、強制売春させられた相手たちであった──。こういった事実は、しだいにわかってくることで、冒頭、少なくとも第1章では伏せられている。こういう、その人の意識を支配せずにはいられないような事実を伏せ、その人物の内面が描けるだろうか? なるほど本作は、スジだけでできているが、三流週刊誌の手記程度の内面描写はある。それを、以上の事実抜きでやるのである。完全なる「ズル」、破綻である。それ以外にも、ミステリーの「お約束」はまったく守られていない。もしかしたら、本作はミステリーではないかもしれない。ただの猟奇小説である。作者が最も書きたかったのは、アレックスが、兄に売春を強要され、その客の一人から、膣に硫酸を流し込まれ、その内部の組織が破壊されて、犯罪性を隠すため、かろうじて、看護師(アレックスも看護師)の母の稚拙な小細工(針金で通す)によって、尿道だけは確保したという事実だろう。現実にこのような処置でまともに生きていられるのかどうか、わからない。ほかにも、かなり暴行を受けてもそれほどの致命傷になっていないような描写もある。

 そのアレックスも死ぬ。一見、自殺だが、はて、と、カミーユ警部(ロートレック風の)は探る。

 その兄がとんでもないワルなのであった──。そういうストーリーであるが、伝統的な英国ミステリーの豊かさを支えているような街や自然、人物の描写は皆無である。謎解きも、謎もない。ということは、サスペンスもないから、やはり推理小説とは言えず、スジだけをどんどん展開させたものである。

 ある意味、アレックスが作中で愛読しているデュラスとか、カミュやクンデラ(チェコ出身だが)など、おフランス小説は、シンプルな文章が多いので、まあ、おフランス人にとって、小説とはこういったものなのかも。本書の著者は、自分が影響を受けた作家を巻末に並べているが、わざわざこんなふうにするのは、自分はほんとうは、まっとうな作家なのだと言っているのか(笑)? そのリストのなかにはプルーストもある。こういう三流週刊誌の手記のような小説の、いったいどこに、プルーストの影響が見られるのだろう? 

 「公募ガイド」で小説の書き方指南をされている若桜木センセイ流に言えば、「視点が混乱している」ので、公募小説の賞の最終候補に残ることは難しいかも……(笑)。主人公、アレックス、カミーユ刑事の、章ごとに変わる視点はともかく、ときどき、そのほかの人物の視点も入り混じる。視点の統一など、おフランス人にとってはどうでもいいのかもしれない。それが違っているとも言えないのが文学であるが(笑)。

 このテのハナシなら、松本清張でしょう、やはり。こんなものに感心して、「ストーリーは言うな!」などと叫んでいる人の頭の中はいったいどーなっているのだろう? ほんとうに背筋が寒くなるものを求めるなら、イーヴリン・ウォーの『囁きの園』(訳者によって、邦題はいろいろだが、この題名の翻訳がいちばんよい)をおすすめします。あまりの展開に思わず十字を切る(キリスト教徒でなくても)こと請け合い(笑)。しかも格調高い文学!

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