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2015年4月19日 (日)

『セッション』──生涯ベスト3(★★★★★★★)

『セッション』(デイミアン・チャゼル監督、2014年、原題『WHIPLASH』)

 

 美男美女はいらない。大仕掛けなアクションも背景も、感動的なストーリーも、ついでに、賞もいらない。そこには、音楽に、ジャズに見せられた魂だけがあり、そのドラマを、極度に「材料」をしぼったなかで展開される。観客がほんとうに見たいのは、具体的な細部=リアルだ。ひとはいかにして一流となるか、本作はそれだけを見せている。しかもこの分野は音楽、ジャズ。楽器はドラム。地味な楽器だ。ピアニストは数々浮かべど、私がいま思い出せるドラマーは、エルヴィン・ジョーンズだけだ。アメリカはなんでも学問にしてしまう。そして、ここニューヨークでは、ジャズは、大学の1学科である。主人公は音楽のエリート大学に入学して意気揚々である。ここまで来るのもやっとの人もいるだろう。しかし、ここには、「その先」がある。

 問題の教授の授業は、どうも、選ばれた学生しか入れないようだ。主人公は、なかば偶然、しかし、よく考えれば、主人公の根性によって、このクラス=セッションに入れる。しかし「その先」がある。

 原題通りのwhiplash=ムチの嵐。手は血みどろ。石原裕次郎の「おいらはドラマー〜♪」なんていう歌が口をついた(爆)。あの日活映画で、裕次郎も手にケガをしていた。裕次郎は、それを痛そうに押さえてドラムを打ち始める……。あまりうまい演技とは言えなかったが(笑)、あんな世界はちょろい。こちら、血みどろは日常。それがなにか?の世界。グループの主奏者は、もといた者から主人公へ、またべつの者へ、教授の胸先三寸で入れ替わり立ち替わり。「二番手」は、後ろで譜めくり。しかしみんな手は血みどろなのである。

 自動車事故で自動車が転倒しても、主人公は血みどろで演奏会場へ。体は手以上に血みどろ。それでも、主奏者の地位を失いたくない。過去にはウツになって自殺した学生もいた。ヤリ過ぎ教師は大学を辞め、主人公もドラムを捨てる。しかし、この物語はまだ「先がある」。

 あるとき、街で、偶然、鬼教師が、ジャズバーのセッションにゲスト出演していた。主人公はふらりと入っていく。気持ちよさそうにピアノを弾く先生。そんなことから、先生から、彼が指導している楽団に誘われる。

 この「コンペ」は、スカウトが多数くる。しかししくじれば、二度と誘いは来ない。などと先生に言われ、張り切ろうとする主人公。さて、演奏が始まる。いざ主人公がドラムの前に座ってみると、先生は、「今日は新曲をやります」と客席に向かって言う。聞いてねーぞー!。驚く主人公。まわりを見れば、自分にだけ楽譜が渡されてなかった……。焦るが、ま、いいや、と、「テキトー」にドラマを打ち始める。「おまえ、なにやってんだ?」まわりの奏者が驚く。先生が近づいてきて、「大学におれをチクッたな」と主人公の耳にささやく。これが事実かどうか、私は知らない。しかし、主人公は心理的にどん底に落ちる。知らない曲、教師の究極のイジメ!聴衆を前にした赤っ恥。「もうこれ以上どん底はないだろうと思っても、さらにどん底がある」とはマーフィーの法則である。さあ、さあ、さあ──。

 さあ、そこからが、ほんとうの「ドラマ」の始まりなんです(笑)。

 ジャズとは、自立である。一流とは、他者のしかけた最悪の事態から、瞬時に最高を目ざしてリカバリーきることである。

 われわれは、ここに、最高の教師を見る。乗り越えてこそ師である。われわれは、ドラムが、最高の音色を持つ楽器であることを知り、かつ、リズムはハーモニーであることを知る。

 19歳のとっぽい学生を演じた、マイルズ・テラー、当時26歳。この童顔に祝福あれ!

Cab1

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