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2015年6月21日 (日)

ほんとうの詩の朗読はこうあるべき

ほんとうの詩の朗読は、こうあるべき。

日本では、よく、政治家の演説もそうであるが(笑)、自分の詩なのに、原稿を見ながら朗読しているのを見受ける。だけど、自分の詩なんだから、諳誦して朗読したら、どうだ? あれは一種の照れ隠しなのか(笑)?

この若き詩人は、かつては、女性だった。今、男性へ移行しつつある「トランスジェンダー」である。彼は、かつて女だった自分への手紙を詩にしている。

エミリーへ。

野球放送を見ていて感じたこと、父との関係、乳房を削除し、生理を止めたこと──。外面と内面に起こったことを誠実に詩にして、かつての「女だった自分」への惜別としている。詩は訳しません。それぞれが味わってください。

最後に、「エミリー、きみを憎んだことは一度もないよ」

http://www.seventeen.com/life/news/a31575/a-letter-to-the-girl-i-used-to-be/

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