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2016年1月19日 (火)

『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』──トルコはヨーロッパの北朝鮮か?(★)

『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』(カアン・ミュジデジ監督、2014、原題『SIVAS

』)

 筋金入りの愛犬家としては、かなり不快な映画である。愛犬家といえど、犬にだけは生まれたくないと、本作以外でも思ってしまうが、本作ほど、犬をバカにした映画もない(怒)! まず、闘犬は、闘うように「仕込まれる」。まるで、古代ローマで奴隷同士を闘わせて血を見て喜んでいる貴族の楽しみが、この古い国家にも残っていると見えた。

 馬も年をとれば捨てられる。小学校の劇は、村長の息子が主役と決まっている。おとなの男たちはマッチョ思想に染まり抜き、かつズル賢さだけはイッチョまえである。土地は殺伐。こんな中で、子供がいかなる純な気持ちを抱こうと、誰もそれを育ててはくれず、希望も芽生えた先から摘み取られる──。闘犬に負けて、死んだと思われた犬はそのまま放置され、やがて骨になっていくのか。しかし、犬は死んではおらず、少年はそれに目をつけ、彼なりの考えで、文明国の少年がペットと育む友情を犬と育もうと「夢見る」が、それは一瞬のことである。まず年の離れた兄が犬に目をつけ、内緒で売ろうとする。それを知った少年は怒りまくる。その怒り方は半端ではなかったが、いずれ、おとなたちの思惑に取り込まれ、ペットは闘犬の運命へと引き戻される。少しの違和を感じた少年も、やがては、どこにでもいるような、非文明社会のマッチョな男になるのだろうか、あるいは、イスラム国のようなものに取り込まれるのだろうか──。

 監督は、イッチョまえに、ゴダールの影響を受けているのだろうか? 手持ちカメラでがんばっている、が、それだけのものである。ゴダールには教養があり、画面は正確かつ美しかった。だから、「アイロニー」を表現し得た。本作には、アイロニーのかけらもない。評論家氏が、「少年のカメラの画面に拮抗しうる眼差し」などと、抽象的な美辞麗句でホメたたえるのを見れば虫酸が走る。

 「犬的」にも、リアリティなし。犬同士が本気で闘ってないことは、尻尾を振っている、首まわりしか噛んでいない(後半身を噛むのは、遊びのルール違反だが、犬たちは遊びのルールに従っていた)、何かを食べさせるシーンは皆無、おそらく、うなり声は、べつのところで採取されたものをあてているのであろう。最も危険な手負いの犬にリード(細ヒモでも)をつけるシーンは省略され、いつしかヒモをつけた犬をトラクター(?)で引いていた。つまり、ほんとうの闘犬でないことはよくわかったし、最後のクレジット、No animals are harmedを見て一安心しても、いかにも犬的に不快な映画ではある。

 最後のいかにもアラブ的な叙情を押しつけるような音楽にも辟易である。

 トルコは、ホメロスを生んだ古代国家である。狭いボスポラス海峡の向こうまで国土は続き、ブルガリアと接している。しかし、ヨーロッパの中心国、ドイツ、フランスから見たら「最果て」である。そういう取り残された国が、観光客のいかなる幻影を誘うのかは知らないが、本編を見るかぎり、私には、どこかの国にさも似たりといった感じがしましたがね。

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