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2016年10月

2016年10月13日 (木)

【知りたいあなたのための南スーダン入門】

【知りたいあなたのための南スーダン入門】

1,誰と誰が戦っている?

 大統領のサルヴァ・キール(Salve Kiir)と、副大統領のリーク・マシャール(Riek Machar)が戦っている。2011年に、副大統領のマシャールが、一部の軍隊を率いて、反乱軍を設立した。

2,なぜ危険なの?

この反乱軍は、市民を敵とみなし、乱暴狼藉を働いている。また、この「戦い」が、ほかの地方にも拡大する危険性もある。しかし、最も恐れられているのは、「大量殺戮」(massacre)である。

3,これまでの犠牲者は?

詳しい数字はわかっていないが、国連の調査では、今年の7月までに、300人が死亡、数万人が脱出、高等難民弁務官事務所では、十万人が南西部で反乱軍の兵士たちに包囲された状態にあると危惧している(2016年9月30日付)。

4,最も新しい情報は?

反乱軍を率いる副大統領のリーク・マシャールが、「徹底抗戦」を宣言した。つまり、「新たな戦争」(Nouvelle guerre)と、「ル・モンド」は書いている。

(この写真の記事↓は、副大統領のマシャールが、「健康診断のため」、ハルツームを離れたという題である。内容は、「新たな戦争」の告知)

http://www.lemonde.fr/afrique/article/2016/10/12/soudan-du-sud-riek-machar-quitte-khartoum-pour-des-examens-medicaux-en-afrique-du-sud_5012283_3212.html?xtmc=soudan_du_sud&xtcr=1

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2016年10月12日 (水)

『真田十勇士 』──人は見た目が九割?(笑)(★★★★★)

『真田十勇士 』(堤幸彦監督、2016年)

 もともと舞台劇だったというが、映画の方が断然面白いに違いない。ベースは時代劇であり、考証も外しているわけではないが、思いっきり脱構築している。初めはアニメから始まり、それが結構続くので、「本編はアニメではありません。数分後に実写に変わります」などという「注意書き」まで登場。

 まあ、なんといっても、いきなり、真田幸村がチョーイケメンだったらどーする? ってな設定できた。誰が見てもチョーイケメンで、しかもそれなりの成熟した男となると、そんな俳優、日本にいたかな〜? イタリアならともなく。と思っていると、いたんですね、これが。イタリア映画に出しても恥ずかしくない男。加藤雅也。あ、そーいえば……。そういう人が……。しかし、この人、年取った今の方が、グンといいんですね。それを「利用」した作品。

 顔よし、スタイルよし、で、どうしても「りっぱな武将」と見られてしまう幸村。実際は、優柔不断な男。でも実は、誠実で正直な男。そんな幸村を見込んで、「抜け忍」猿飛佐助(中村勘九郎)が、勇士たちを集める。なかでも、すばらしく魅力的なのが、同じ「抜け忍」の、霧隠才蔵の、松坂桃李。なんか、霧も滴る(?)いい男なのである。忍者のボス(伊武雅人)の娘の忍者、蛍(大島優子)が惚れる。

 徳川家康が豊臣の残党、秀賴の大阪城を攻める、大阪、夏の陣、冬の陣。もうすでに「結末」はわかっている。わかっている「結末」までをいかに描くか。それが「時代物」の手腕である。うーーーん……と唸ったね〜。

 猿みたいな顔の勘九郎が、猿飛で、ベルサイユの薔薇のような髪型のまんまのグレーヘアのイケメン、加藤雅也が幸村で。彼に言い寄る淀君が、ぬあんと大竹しのぶである(迫力ありすぎ(笑))。結局、幸村は淀君を拒絶する。それは武士の「忍ぶ恋」(註:武士道とは?を説いた書、山本常朝の『葉隠』には、「恋の至極は、忍ぶ恋。思い死にすることこそ恋の本意なれ」とある。つまり、死ぬまで、思いを伝えずあの世へ持っていくのが最高の恋だ、と。スタンダールもこんなことは言ってない(笑))を実践しているのか? 大竹の風貌だと、そこんとこが微妙である(笑)。しかし、猿飛は、そういうことを淀君に伝えてしまう。聞いて涙する淀君。同じように、蛍にも、霧隠才蔵の「思い」を伝える。こうちらの方は、猿飛のでっちあげであった。

 しかして(なにが、しかしてだ(笑)!)、真田幸村は、見かけ通りのりっぱな武将なのであった──。しかし、物語はここで終わらない。だって、主役は、勘九郎の猿飛佐助であるから。歴史の教科書に描かれるような「正史」があり、その陰に、忍者の世界があるというのは、なかなかに面白いテーマである(ゆえに、いろいろな小説家が描いてはいるが)。まともな時代劇を期待して来た客は怒るかも知れない(笑)。

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『ジェイソン・ボーン』──甘さ0%、ジェームズ・ボンドの終わり(★★★★★)

『ジェイソン・ボーン 』(ポール・グリーングラス監督、2016年、現代『JASON BOURNE』)

すでに出尽くした感のある「スパイもの」。老舗は、イアン・フレミング原作「ジェームズ・ボンド」シリーズ、と、こちら、ロバート・ラドラム原作、「ジェーソン・ボーン」シリーズ。どことなく名前も似ているのは、ラドラムが、フレミングをパロッたのかも。いずれにしろ、昔のスパイ小説で、電子機器はほとんど出てこない。また、敵は、「ソ連」ではない(笑)。そこをいかに二十一世紀も十年以上過ぎた現代の「スパイもの」として仕立てるか。いま、「スパイ」とは言えば、当然、ネット社会を背景にした「スパイ」。とくに、ハッカー、それに対するセキュリティ、監視社会、国家とビジネスなどである。本作は、スノーデンのCIA暴露「以後」として、暴露と監視をテーマに、再び「悪役」は、CIAに戻って来た。なかでも、その「長」の、トミー・リー・ジョンズ。あれ? CIAにも血の通った人間はいたはず──の、前作、前々作? それが今回、悪の化身のような男が牛耳って、ジェイソン・ボーンを葬る……のではなく、もう一度、「こちら」へ取り込もうとしている。

 そして、世界監視を夢見て、IT企業の最先端にいる、若手起業家(ザッカーバーグを思わせるSNSのトップの設定だが)のインド系(いかにも)の青年。迎え撃つIT得意の優秀な部下に、アリシア・ヴィキャンデル。「コケティッシュな女スパイ」は卒業して、今回、甘さ何処にもない「理系女」(こういう非知な言葉はすきではないのだが、あえて)。これが、例の若手起業家と、スタンフォードで同級生だった、という一瞬の紹介は、なかなかに染みた(笑)。

 さて、主役のボーンであるが、昔の仲間のニッキー(当然、こちらも理系女)に助けられて、おのれの過去の「CIAのマル秘ファイル」を入手。父の死と自分の過去を知る。腕力だけでなく、当然、デジタル機器にも強くて、それを駆使しての戦いである。もちろん、グリーングラス監督ならではの現実感、カーアクション、戦闘あり。今回、アリシア・ヴィキャンデルがどこまで信じられる女かということが焦点だが、「007」のようなわけにはいかない(笑)。甘さ0%、ジェームズ・ボンドは完全に終わった。サイレンが鳴り、テーマ・ミュージック!→「Extream way」(モービー)、私はこれを、前作からiPodで聴き続けている(爆)。

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