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2020年4月

2020年4月30日 (木)

【NYの感染者担当医の自殺】

NYの病院で、新型コロナに、自らも感染した女性の医師が自殺したが、一ヶ月ほど前に見た、FBでのインタビューでも、NYの別の、感染者専門の病院へ通勤する医師たちが、「毎日屠殺場へ向かう家畜の気持ちだ」と明かしていたのが印象的だった。やがては、こうしたことも起こってくるだろう。この記事をリンクしていた山中伸弥教授は、医療に従事する人々を、感謝こそすれ決して差別してはならない、と警告している。

数日前300万人を超えた世界の感染者数は、すでに10万人増えている。この増え方は、最初の100万人になるまでより、はるかに速い。こういう生活に飽きてきた人々は、勝手に収束する時期を想定しているが、なんの根拠もない。さらに慎重になるしかないというのが実情である。


https://www.afpbb.com/articles/-/3280861?cx_part=top_latest


2020年4月27日 (月)

【詩】「恋」

「恋」


ドサ回りの芝居を一丁目公民館で見たとき、

そのまさに水も滴る旅烏の黒々とした目張り銀粉を少し付けて濡れたように見せている赤い唇に惚れて、

すでに創られた色男なれど胸をときめかした小学生、

あの時知った、異質な者を体内に取り込もうとする

夢の感情を恋と言い、すでに

現実ではないこと。しかし、まったくの無でもない。

「在る」こと、確実にあること、しかし

現実の文脈ではどうにも読み解けない

ランガージュによって支配されながら

なおもパロールであり続けようとする

怪しい心の動き

そうだ、

見世物小屋の入り口の中腰でしか立つことのできぬ長さの鎖につながれた、

猿に恋したこともあった。

 

 

2020年4月25日 (土)

【詩】「少女」

「少女」
 
理科準備室にいて、なにか漠然とした未来を思っていたが、まさかこのようにウイルスが押し寄せるじたいになろうとは──
自粛もなにも、たったひとりで風に吹かれていたのだった、
まだ成長途中で
2001年宇宙の旅にも届かず
そんな映画の存在も知らず、生まれて
13年ほど経ったのだった
母は肉屋で豚肉の細切れを買い、
また細切れかー、と私は思い、
それはもっと幼い頃で、意味もわからず
「あんぽはんたい、あんぽはんたい」と足踏みして踊っていた
その肉屋。
セレンディピティという言葉の存在さえしらず、
宇宙まるごとかじっていた。
あの宇宙人は、どこから来たのか?
 



2020年4月24日 (金)

【昔のレビューをもう一度】『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男 』──帝国主義者が魅力的では困る(笑)

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男 』( ジョー・ライト監督、2017年、原題『DARKEST HOUR』 
2018年4月5日 0時08分

かつて日本には「バカヤロー」って言って国会を解散した首相がいたが、なんかそんなヒトを思い出したナ。「貧乏人は麦を食え」って言った首相もいた。「天の声はヘンな声」と言った首相もいた。チャーチルも、逆説がお得意の名物首相。しかし、なんで、わざわざ、特殊メイクをしてまで、オールドマンが演じなければならないわけ? ほかにチャーチルに似たような演技派俳優はいくらもいそうなイギリスである。確かにオールドマンは魅力的な男である。評価の高い観客は、彼が演じてると思うだけでもうカンドーなのだろう。そう、私もオールドマンのファンだから、確かにへんなジジイにしては魅力的だった。しかし、それが困るのだ。チャーチルは、「インド人は嫌い」と言って、当時イギリスの植民地だったインド、ベンガル地区への食糧供給を拒否し続け、300万人を餓死させたと言われている。ダンケルクで自国の兵士何十万かは救ったそうだが。映画でも、嫌われた理由を、首相になる前に、作戦の失敗によって何百万の若者を無駄に死に追いやったと糾弾されている。

 「どんな犠牲を払おうとも国を救うことが重要だ」という、映画でもたびたび出てきたチャーチルの考えだが、アジア大西洋戦争時に、昭和天皇と東条英機以下の軍部もそう言っていた。少しの違いは、イギリスは侵略される側だったが、日本は侵略する側だった。戦況は悪いのに、よいように見せかけたというのも、似たような手法である。だいたい、庶民の考えを知ろうと、たまたま乗った地下鉄の一両に、あんなに意見ぴったりの人々が乗っているだろうか?

 監督のジョー・ライトは、これまで、歴史的好編を製作してきたが、今回の作品は、脚本にもダレた点があり、寝落ちしてしまった(笑)。音楽、とくに、演説で会場の意見を転換させたチャーチルが、「紙吹雪」のなか颯爽と(?)去っていくエンディングの音楽は劇的でなかなかよかった。


 

2020年4月23日 (木)

【コラム】「読んだ、死んだ、内藤陳」

「読んだ、死んだ、内藤陳」

『読ま死ね』、『読まずに死ねるか!』の内藤陳の文章がすきで、シリーズはすべて持っている。昨日は寝る前に枕の真横の本棚(まさに枕頭本の置き場所(笑))から取り出してぱらぱら見ていたら、こんな言葉にぶつかって真夜中に吹き出した。
 開高健との対談で、陳氏が出演していた、日劇ミュージックホールのお客はシャレが通じると、

内藤 たとえば、ビル・プロンジーニのやつで「エレクトしたペニスに良心はない」

開高 なるほど

内藤 で、それがすぐ続いていくんです──「濡れたヴァギナに抵抗はない」って。(笑)

冒険小説のサイコーの読み手であったが、いま、どーなってるんだろー? 冒険小説って……

私としては、「オススメ」本をこまめに追うばかりだ。

いまは、「読まずに死にたい」本ばかり(笑)。


 

2020年4月21日 (火)

【昔のレビューをもう一度】『マリー・アントワネット』──主役はヴェルサイユ

●新型コロナに感染してロンドン病院に入院中の、かつてのミューズ、マリアンヌ・フェイスフルが、マリア・テレジアの役で出ている。
 フェイスフルもヴェルサイユも、サバイバルを祈る!

『マリー・アントワネット』( ソフィア・コッポラ監督、2006年、原題『MARIE ANTOINETTE』)

 ソフィア・コッポラの映画というのは、『バージン・スイサイズ』でもそうだが、劇的なことを題材に取りながら、彼女の映画の中では「何も起こらない」。マリー・アントワネットをめぐる歴史的できごとを期待して観にいくと、はぐらかされたような気分になる。
 ソフィア・コッポラの関心は歴史にはなく、常に、「一人の女の子の胸のうち」にある。あの、アントワネットさえ、十代の女の子にすぎなかった……。そのような視点から映画を撮っている。たとえ、演出が「ポップ」であれ、もしかしたら、当時のアントワネットの胸の内はあんなふうだったかもしれない。彼女は、史実の中の人物に、今の女の子との共通点を探っている。
 だから、本作では、断頭台へ消えるアントワネットは描かれていない(それを観たい向きは、ヒラリー・スワンクの出る『マリー・アントワネットの首飾り』を観てください(笑))。しかし、誰でも知っているあの運命を意識して本作を観れば、やはり心を打つ。
 話題になった、宮廷内の衣装やお菓子のポップなゴージャスさもさることながら、なによりも本作では、あの「観光地」ヴェルサイユ宮殿が、周囲の別館、庭園ともに、まるで魔法をかけられたように生き生きと命を吹き返しているのが見られる。それもまた、映画の価値である。


 

2020年4月20日 (月)

【コロナの状況を数学的に解析した論文(山中伸弥氏のHPより)のポイント】

【コロナの状況を数学的に解析した論文(山中伸弥氏のHPより)のポイント】

●「再生産数」というのは、一人の感染者が何人に感染させるかという数で、1以下にしないと、収束は難しいということです。「人との接触を八割減らす」ことをしなければ、(ワクチンがまだできていない今)感染者は級数的に増え続けることになる。

https://www.covid19-yamanaka.com/cont2/main.html

「黒木登志夫先生によるキネティックス解析
黒木登志夫先生は著名な癌研究者であり、サイエンスライターでもあります。岐阜大の学長も務められました。新型コロナウイルスの感染状況をキネティックスの観点から解析されています。特に対数で考えることの重要性を指摘されています。
東京で最近の感染者数の推移から、感染の様相が急速に変わっており、4月末には、東京だけで感染者数が25,000人に達する可能性を指摘されています。
常時、データや内容を更新されていますので、その度にお知らせします。」(山中伸弥)


コロナウイルス arXiv*(6)2020 年 4 月17 日 黑木登志夫
ついに、全国に緊急事態宣言が出されました(4 月 16 日)。専門家会議の⻄浦博委員(北大教 授)は、人と人の接触を 8 割下げなければ、重症患者が累計 85 万 3000 人になり、その 49% (41 万 8000 人)が死亡することを警告しました(4 月 15 日)。しかし、8 割減の必要性を 理解できなかった人も多かったことと思います。第 6 報では、Imperial College London の 研究チームによる分析をお届けします。封鎖(lockdown)以外に感染を食い止める方法はな いと言うのがその結論です。私の理解を超えた数学的分析が使われておりますので、学術振 興会の同僚、宇川彰先生(素粒子物理学、計算科学)に解説していただきました。最後に、中 国と日本の再生産数(1-3 の間を上下している)分析から、接触機会の 8 割減により再生産数 を 0.2 から 0.6 にするくらいの目標を立てないと、この難敵には勝てないと忠告していま す。


2.緊急事態宣言と接触8割削減の要請 宇川彰

日本の感染拡大はゆっくりだからと言って、のんびり構えている余裕はない。このペースで 拡大が進むと、現在(4 月 15 日)8,300 人の感染者数は 5 月 15 日には 140,000 人に増え、 死亡者は 3,000 人に近付くことになる。再生産数が1を超えている限り、感染爆発はゆっく りとではあれ確実に起こるのである。さらに、今後感染者数が増えて行くと、経路不明感染 者の増加によって人々がもはや接触を避けることができなくなり、再生産数が増加して、現 在までより遥かに急激な拡大が起こる可能性も否定できない。
接触を8割減らすと、1から3の再生産数は 0.2 から 0.6 程度になる。中国の二月半ばから 三月半ばの水準である。これによって中国ではピーク時に毎日 3,000 人の感染が報告され ていたところを約一ヶ月で数十人のレベルまで下げることができた。それでも、感染者数は その後横ばいから緩増加の傾向にある。四月半ばになって武漢のロックダウンはある程度 解除されたが収束には程遠い。


2020年4月18日 (土)

【詩】「朝顔(あさがほ)」

「朝顔(あさがほ)」

朝顔というは、加茂の斎院になっていた姫君が父の死去によって役職を解かれ戻ってきた、その姫君のことを言い、かつて朝顔の歌を詠み交わしたことからついた名前である。

姫君は、源氏の父帝の弟の子供であるから従姉妹にあたるのだろうか。

かつて求愛していた女がまた視界に現れたので心が揺れるのだった。その邸だかなんだかは、いろいろお仕えしているばっちゃまたちがいて、七十にならんとするばっちゃまが源氏に色めいて歌など詠んでくるのだった。

源氏は、三十代で死んでしまう女もいるというのに、いやー、長生きな女がいるものだと呆れる。

歯医者なんかないから、歯は抜けすっぽんぽんのすぼんだ口で、

「けふから赤い爪をあなたに見せない〜♪」などと言い寄ってくるのだった。いやー、びっくりしたなー、もー。

そして、源氏は、最愛の女、藤壺の夢を見るのだったが……

夢たってねー、いろいろあらーな。

ビンスワンガーの夢、フロイトの夢、ラカンの夢……

みんなちがう。そして「人間存在」も。

ハイデガー、ヘーゲル、フッサール……

あなたは、どの夢に出ているんです?

 亡き人をしたふ心にまかせてもかげ見ぬ三ツ瀬にやまどはむ

 三途にて待っているのは渡し守いずこも同じダンテの神曲





2020年4月16日 (木)

【昔のレビューをもう一度】『さよなら、僕のマンハッタン』──ニューヨークに捧ぐ

◎なぜか、ザ・タイガースの『色つきの女でいてくれよ』(阿久悠作詞、森本太郎作曲)が口をついて出る。「さよならぼくの美少女よ、きりきり舞いの美少女よ」と始まるこの曲は、べつの女性歌手のカバーで、わがライブラリに入っている。

『さよなら、僕のマンハッタン』( マーク・ウェブ監督、2017年、原題『THE ONLY LIVING BOY IN NEW YORK』 )2018年4月16日 5時53分

マンハッタンの街で、文学作品からの引用が溢れ、スノッブたちの会話が乱れ、男女の思惑が入り乱れ……とくれば、ウディ・アレンの独壇場だろうが、本作は、まさにその通りなのだが、どこか激しい清々しさを感じさせる。それは、ニューヨークの街の隅々、どんな小さなものさえ美しく見せるカメラワークと、大学を出たばかりで、実家を出て住み始めたトーマスの、純真さ、彼を演じるカラム・ターナーの、生硬さが滲む初々しい容姿と演技も大いに影響しているだろう。
 製作総指揮の、ジェフ・ブリッジスが、キーパーソンの覆面作家を演じ、物語を不思議な魅力で彩っていく──。
 ニューヨークだから、すべてがさまになる。ニューヨークだから、「そういう物語」も信じられる。今さらサイモンとガーファンクルでもないだろうが、その曲が原題(「The Only Living Boy In New York」)であり、覆面作家が書いている作品もまさに同タイトルなのである。
 あり得ないような物語が、きっちりハマった演技派たちによってリアルさを帯びていく。トーマスの父親のピアース・ブロスナン、母親のシンシア・ニクソン、引っ越して来た謎の隣人のジェフ・ブリッジス、父の愛人の、ケイト・ベッキンセール。それぞれの俳優たちは、以前はまったく違う映画でスターであったが、今はひたすら、初な青年を盛りたてる。
 父は出版社を経営し、恵まれた環境にあった作家志望の青年だが、コネを拒否して自立の道を探る──。このあたり、日本とは大違いである(笑)。だから、文学が生きている。エズラ・パウンドもイエイツも、引用されても重みがある。
 あー、ニューヨークが呼んでいる!


 

2020年4月14日 (火)

【詩】「薄雲(うすぐも)」

「薄雲(うすぐも)」
 
ええと、島村抱月はスペイン風邪で死んで、愛人松井須磨子は首を吊ってあとを追いました。
そして、私は大学の授業で、須磨子の生の声のレコードを聴く機会を得ました。
「いのちみじかし、こいせよ、おとめ」と歌っているのですが、録音状態が悪いとしても、早口で殺伐とした感じで音程も乱れています、要するに下手なんです(笑)。
それで、四十年後ぐらいに、SARS-CoV-2というウイルスに世界は征服されてしまいました。
Nidoviral目Coronavitridae科の、一本鎖のRNAウイルスです。
ウイルスには意志はありません。
いつから地球に存在していたのか、それはまだわかっていません。
でも、大堰川の冬には存在していました。
あまりに寒いので源氏が二条東院へ転居するように勧めたのですが、明石の君は断固として承知しません。
そんなことをしたら、おのれの惨めさがますばかり。
二人のあいだの娘の姫君のみ、二条院(本宅)へ入られました。
物語はそれで終わらず、源氏の最愛の人、藤壺が死ぬ。源氏は念誦堂に籠もり、
 深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け
 入日さす峰にたなびく薄雲はもの思うふ袖に色やまがへる


2020年4月13日 (月)

『何かいいことないか子猫チャン』──コロナ時代の「おうち」でのけぞろう!

『何かいいことないか子猫チャン』(クライヴ・ドナー監督、ウディ・アレン脚本、1965年、原題『WHAT'S NEW, PUSSYCAT?』

 ウディ・アレンのレビュー作にして出世作。監督はやってなくて、脚本と出演だけだが、すでにして、「フツーのオバカ映画」(そんなもんがあるのか?(笑))と違う! 知的にして、毒ももりもり、しかも、大胆! 台詞の大胆さは、いまのウディのまんま。これほどキレれば、すぐに巨匠!を実践してしまった。映画の中では、サエないストリップ劇場の裏方の青年(自身の生い立ちまんまですかね)で、眼鏡、不細工、小柄で、モテオーラなし(笑)。反対に、主役(といっても、ほんとうの主役は、若き(!)ピーター・セラーズ。この頃の毒々しさは、ピカイチ!ぜひともオスカー俳優に名をつらねてほしかったが、無冠で終わった惜しい俳優。『ピンクパンサー』は、もっと老けてからだし)、超イケメンの若きピーター・オトゥール。ファッション誌の編集長だが、モテて困る(もちろん、本人も「据え膳」を喰いまくっているのだが(笑))悩みで、セラーズのセラピーを訪れる。かわいい恋人のキャロル(若きロミー・シュナイダー(!))に結婚を迫られているし。
 本作、この精神科医の城のような家の、夫婦喧嘩から始まるが、この喧嘩の台詞がすごくて、すでにアレン的。デブの妻が、「あんたゆうべはどこの女と浮気してたのよ!その人私より美人?」と問い詰めると、「どんな女だっておまえより美人だ! オレだっておまえより美人だ」と返す。ついでに、「おまえなんか、結婚した瞬間から嫌いだった!」しかし、この妻も、スラップスティックコメディーの展開のなかで、「味方」になっていく筋書きがちゃんとしている。
 「ぼくって、光のかげんによってハンサムに見えるらしいんです」と悩みを打ち明ける超イケメンのオトゥールが白々しくて笑える。それを、出会う女たちがくりかえす。「あなたって、光のかげんによってハンサムに見えるのね」と。アラン・ドロンよりも品があって、ブラピより体格もいいオトゥール。真っ青な湖のような眼で、来る女来る女のかわいこちゃん(プシーキャット)をじっと見つめる。まー、よくもこれだけ美人を集めたと思えるほど、出る女出る女美人ばかり。それが、惜しげもなくキスシーン、ラブシーンをやりまくる。とくに、精神科医のセラピーに来る女たちは、特別ゲストのお色気過剰、ウルスラ・アンドレスもいて、「わたし、性の衝動が止められなくて」とオトゥールに言い寄る。一方、恋人、キャロルのロミー・シュナイダーは、両親もパリにやってきて、「はよ、結婚せいよ」とせかす。ま、いろいろテンヤワンヤはあれど、二人は、無事、パリ市役所で結婚する。めでたしめでたし……とはいかず、その受付の若き女性に、つい、オトゥールは、「What's new Pussycat?」と口走る……(笑)。
 60年代だからできた、性的大胆さと行動の奔放さ! あー、そんな時代があったんだなー、と、コロナ時代の「おうち(At home)」でのけぞろうゼ!

Koneko



2020年4月 9日 (木)

【詩】「松風(まつかぜ)」

「松風(まつかぜ)」
 
お祖父ちゃんたちは遠州の家をうっぱらって弁天島に出てきた、
そこには松ばやしがあって、たえず、松風が吹いていた。
松風には音があって、明石の君の母尼は、懐かしいセレナーデのように、京でも聴くのだった。
複雑な源氏の婚姻関係、アラブの王様もびっくり、本人たちは結構真面目で。
式部はなぜに、そんな貴族たちの性愛を事細かに書いたのか。
いまは松風がだけが鳴って、人類は絶えた。
いずれ「収束する」という夢を見ていた、
自分だけは伝染しないと信じていた、だが、すべて思い違いだった。
すでにして人間の時代は終わって、
ウイルスの時代がやってきていた。
変異につぐ変異、収束したかに見えた地域にもまた発生する。
一時中止となった仕事は二度と再会されなかった。
 身をかへてひとりかへれる山ざとに聞きしににたる松風ぞふく
 ふる里に見しよのともをこひわびてさえづることをたれかわくらん





2020年4月 7日 (火)

【詩】「絵合(ゑあはせ)」

「絵合(ゑあはせ)」
 
暗き夜に走りゆくものありし、
そは光なり、暗き穴より出でて、世界を、創るために。
暗き夜に震えるものありし、
そは鳥なり、暗き枝を降りて、茂みに身を潜め、
いま見てきたばかりの滅亡におびえる。
暗き夜を抱きしめるものあり、
そはきみ、だが、いまだかたちをとらず、言葉を知らない。
がさごそと、ユダヤの神々が交合しているとき、
わが源氏は出家を考えていた、
もう絵は見たくない、どの絵も、人間の醜さのあらわれ 、Menschsein(人間存在)!
ヒトラーこそが正しいとハイデガーは一瞬考えその考えを暗き夜のもとに廃棄した。
御堂はつくったが、いまはそのときでないと源氏の子らは思った。
 いかにおぼしをきつるにかと、いと知りがたし。


 



2020年4月 5日 (日)

【昔のレビューをもう一度】『オール・ユー・ニード・イズ・キル』──コロナ時代のサバイバル法を先取り?

◎『クワイエット・プレイス』のエミリー・ブラントが、トム・クルーズを鍛える女兵士として登場。日本のライトノベル作家、桜坂洋原作。発想がすばらしい。

『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(ダグ・ライマン監督、2014年、原題『EDGE OF TOMORROW/ALL YOU NEED IS KILL/LIVE DIE REPEAT』)

このところ、SF的な大がかりな映画が目白押しだが、本作は、紋切り型のヒーローストリーを辿っただけの映画とは違った。生と死がループになっているという発想も新鮮だし、くりかえしのなかで、しだいに主人公が能力を高めていくというストーリーも、ゲームからの影響かもしれなが、「教養小説」(ビルドゥングス・ロマン)をどこか思わせる志の高さも匂う。
 こういうハイSFチック(私の造語です(笑))なストーリーを、トム・クルーズの的確な演技がリアルな深みのあるものにしている。いやー、よく考えてみたら、大した役者だ。かなり長い間スターの座にあるが、落ち目感がない。かといって、色を売っていたわけでも、わざとらしい「演技派」を見せつけるようなシリアスなドラマに出るわけでもない。ひたすら、フットワークも軽く、SF世界を闊歩してみせる。
 対するエミリー・ブラントも、女性らしさを残しながら、色を売らない演技で状況の厳しさを表出する。何度も生き返っては、軍人のエミリーが腕立て伏せをしているところに会いに行く。エミリーは床に這いつくばったまましばらく動かず、なにをしているのかと思うと、カメラが近づき、腕立て伏せ状態で止まっているのがわかる。トムが来たのでおきあがり、「Yes!」とこれ以上キリッとできないほどしっかりした声でいい、「What do you want?」。「なにか用?」
この場面は何度もくりかえされる。くりかえされるたびに、エミリーのきっぱりした態度が磨かれる。
 そして、その態度に対して、トムは、最後の場面だけ、厳しい兵士の表情を晴れやかな笑顔に変えていく……。そういう終わりの映画。
 トム・クルーズは、一時「難読症」という噂がたったが、これまで出てきたハズレのない作品をみると、ディカプリオ、ジョニー・デップ、ブラッド・ピットといった連中のなかでは、誰よりも脚本を読む力があるように思う。

 アメリカでの題名は、『EDGE OF TOMORROW』だが、この、日本のラノベの題(?)が、内容を的確に表していて秀逸だと思う。


 

【昔のレビューをもう一度】『クワイエット・プレイス』 ──ウイルス相手の戦いに似ている

◎見えない敵がどこからともなく襲ってくる未来。生き残りをかけて一家の主婦(エミリー・ブラント)が戦い抜く。本作の敵は、宇宙人のようだけど、新型コロナは地球を席巻しつつある今、この映画を思い出した。

『クワイエット・プレイス』((ジョン・クラシンスキー監督、2018年、原題『A QUIET PLACE』)

ホラー映画に叫びは付き物だが、本作はその「必需品」が初めから禁じられている。どんなに叫びたい時でも、声をあげたら、地球を侵略している何者かに即刻襲いかかられ食われてしまう──。
 アメリカの、実際にあるらしいのどかな場所で、主人公の一家は「暮らして」いる。だがその暮らしは、サバイバーとしての暮らしであり、今後もそれが続くであろうことは、導入からすぐにわかるようになっている。一方、最後まで知らされないのは、なぜそのような事態となったのか、一家を襲ってくる、昆虫が巨大化したような「生物」は、なにもので、どこから、なんの目的で来たのか? ということ。
 ただ、days 64とか、days 451 とか、「日数」のみが知らされ、時間の経過はわかるが、あくまで、daysであり、1週間、1ヶ月、1年といった単位ではない。またなぜその一家だけが生き残っているのかも明らかにされていない。夫は、サバイバルの日々、「敵」が、どのような時に襲ってくるのか? ウィークポイントはどこか、などを研究している。おそらく他人のものであったろう古民家に棲みつき、周囲のとうもろこし畑などには、遠くからでも「危機」が一目でわかる灯りをめぐらせ、少し歩いたところにある谷川で捕った魚を食糧としている。
 「敵」の巨大昆虫様生物は、耳のようなものが巨大化し、バッタのような脚を持っている。どうも人間を襲い、それを食糧としているようだ。そして音をたてるものに襲いかかる習性があり、視覚は発達していないように見える、というより、眼がない。そこを研究して一家は生活を組み立て、サバイバルしてきた。普通、こういう設定の作品はゲテモノ・ホラーが多かったので、そういう展開になるのだろう思って見ていると、だんだん趣が違ってきていることに気づく。
 一家の主婦(エミリー・ブラント)が、長い釘を思いっきり踏んづけてしまったり、出産したりで、叫びたいようなシーンが山ほど盛り込まれ、そのすべてを沈黙で耐えなければならない。一家の長女は、小学校高学年かやっと中学生といったところか、聴覚障害で、父が作った特殊な補聴器を耳にあてがっている。これで、「敵」の発する特殊周波数の音を察知し逃げることができる。そして、これが、敵を全滅させることに導く。つまり、スピルバーグの「ET」では、地球外生物とのコミュニケーションは「ある音階」であったが、本作は、コミュニケーションとは言えないが、「接点」が音の周波数だと判明する。カート・ラッセルを思わせる風貌のこの利発な娘が陰のヒロインとなっていく。よくある紋切り型ホラーと違って、一家の無事は約束されていない。「当時」最年少の4歳の次男も、父親も、敵の犠牲となる。新しく生まれた男の赤ん坊と、少女の弟の長男を守るのは、そう、母親のブラントと聴覚障害の長女。彼女たちの「勝利」を、一応は活写して、この活劇は瞬時に幕を降ろす。



 

2020年4月 4日 (土)

 【本】『呼吸器内科医が解説! 新型コロナウイルス感染症 — COVID-19 』──いまの日本人の必読書

『呼吸器内科医が解説! 新型コロナウイルス感染症 — COVID-19 』(粟野 暢康 (編集), 出雲 雄大 (編集)、医療科学社 、2020年3月31日刊)


ノーベル賞学者の山中伸弥氏が、日本の現状を見かねて個人の責任でサイトを開き、医者として信頼できる情報を、自分で判断して伝えているが、そのサイトで「たいへん勉強になった」と紹介されていたのが本書である。私が買ったほんの数日前より、かなり値段があがっている。すでに「マーケット」にしかないのかも。本書は、実は、本というには薄い小冊子にすぎないが、新型コロナウイルスに関する医学的データと論文解説、適切な対応、具体的措置が書かれていていて、本来医療関係者に向けて書かれたものの、「一般の読者も眼を通してほしい」とある。
 世間には、このウイルス(SARS-COV-2)が原因となる病(COVID-19)が蔓延し、さまざまな「言説」(科学風、医学風、「現代思想」風、宗教風(霊とか(笑)))が跋扈しているが、必要かつ重要なのは、こうした科学的データ(症例を含めて)である。昨今、日本政府の非科学的対応は絶望的であるが、それ以上に、ジャーナリストのでたらめ無責任の「言説」には目に余るものがある。いわく、「この騒動は、中国とWHOに責任がある」。こうした責任を誰かに押しつければいいいという態度もまた、この事態に対しては、非科学的と言える。この冊子を見れば、病は、武漢の鮮魚市場の勤め人から始まり、わりあい早い段階で、厳しい措置をとった武漢政府のおかげで、「(武漢内では)いまはある程度収束したかにみえる」。しかし、このテのウイルスの特性上、完全に消えることはまずあり得ないのではないか、ということにも思い至らされる。
 かなりの深刻度をもって発刊された冊子ではあるが、本書は、二月末、世界の感染者8万人の時点で書かれている。
 一ヶ月後の今、感染者は100万人を超えた。いかなる態度が必要か、推して知るべし。

Covibook

フレンチテイストのナムル丼

おひとりさま夕食。ナムル丼と春雨サラダ。サルボ恭子さんのレシピ参照。ゆえに、ちょっぴりフレンチテイスト。

Anmuru

Tnamu0403

2020年4月 3日 (金)

【詩】「関屋(せきや)」

「関屋(せきや)」
 
あの子をペットにしたくってニッサンするのはパッカード、小林旭は歌ってた、マスク二枚をご家庭に、必ずお届けいたします〜♪
そんな偽善は意味がない、だいたい、マスクはエチケット、それ以上の意味はありません、おためごかしの政策は、ここらでやめても、
いいコロナ〜
名前が悪いよあのクルマ、けっこう高級車だったのに、名前を変えても、
いいコロナ〜
逢坂の関の、「建屋」の向こうに見える旅姿の一行、それは、ひかる源氏さま……空蝉と呼ばれた若き後妻は、夫といっしょの帰途に出会った、
ジジイの夫はすぐ死んだ、しかれど、先妻との息子が色目を使い、
汚らわしいので、尼になってしまいました〜。
出会い系サイトに恋愛はなく、しかれど、これが恋と、自分に思い込ませなければ惨めすぎる、それでもお気をつけあそべ、デートの約束手をつなぎ、ここらで出てくる
いいコロナ〜
「不思議だ、きみと逢った夜は、いつもはじめての感じなんだよ」(日本語バージョン、細川俊之、パローレ、パローレ)
 わくらばに行きあふ道をたのみしも猶かひなしやしほならぬ海
 あふさかの関やいかなる関なればしげきなげきの中をわくらん


2020年4月 1日 (水)

【詩】「蓬生(よもぎふ)」

「蓬生(よもぎふ)」
 
源氏が須磨にいるあいだ、愛人のひとり末摘花は忘れられ、援助も絶えて、屋敷は荒れ果て使用人は去っていた。
それでも末摘花は源氏を信じて待っていた。
そんななかでも昼寝をして、亡き父上の夢を見る。
そは、フロイトかビンスワンガーかあるいはハイデッガーか、そこへ源氏がやってきた。
いずれにしろ、と、ホワイトヘッドは言っている、
あらゆる知覚、あらゆる言説、あらゆる抽象概念に対応する正確な記号を、
内包した辞書は存在しない。
この章においてわたくしははじめてこの物語が、
ポルノでもなく千夜一夜でもない、
まっとうな人間の関係の物語だと、気づくのでした。
雨が降って雨が降って濡れた蓬が美しい、末摘花と呼ばれた女は自分というものをもった女でした。
源氏は彼女の家を普請し使用人も戻ってきて、やがて彼女は源氏の家に。
 たづねてもわれこそとはめ道もなく深き蓬のもとの心を
 年を経てまつしるしなきわが宿を花のたよりにすぎぬばかりか



 
 
 



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