経済・政治・国際

2013年7月24日 (水)

内田樹氏のコラム「複雑な解釈」(「朝日新聞」2013年7月22日付東京版朝刊」)に思う。──それは、そのとおりなんですけど……。

 Facebookの友だちリンクを辿っていった先の、「友だち」じゃない人が話題にしていて、何人もが「そうだ、そうだ」と賛同していたので、内田樹氏が、「朝日新聞」の22日付朝刊だかに寄稿したコラムを、「朝日」はとってないので、デジタル版まで読みにいった(要「登録」)。

http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201307220692.html

 論旨は、今回の参院選で多くの国民は、自民党、公明党、共産党など、「一枚岩」と考えられる党に投票したが、それは、メディアが騒ぎ立てる「ねじれ解消」を意識し、即効性のある党を選んだ、まるで、ビジネスにおける選択のように。しかし、本来、民主主義とは、「ねじれ」に、歯止めをかけるものだ。だから、民主主義の根幹であるのに、子孫のための将来より、今がよければよいという選択をした、と、内田氏は見る──。 と、まあ、だいたいそんなことであって、この結論(「ねじれ」こそ、民主主義の本意である)には、そのとおりだと言わざるを得ない。しかし、気になったのは、そこへもっていく「手法」、分析のしかたである。そもそも、自民党って、「一枚岩」なのだろうか? という疑問がある。民主党の基盤を作った小沢一郎氏が出てくる以前から、さまざまな考えや立場の政治家たちを内包した党ではなかったか。まあ、それはいいとして、今回の選挙結果が、人々が、「スピード」と「効率」と「コストパフォーマンス」を求めた結果だともしているが、果たしてそうだろうか。

 私は、「圧勝の自民党」と、「躍進の共産党」の意味するものは、「貧富の格差」が選挙結果に出たのではないかと思う。確かに、民主党は、党内の結束がうまくいかず、選挙民に、くっきりとしたイメージを与えることができず、それが「歴史的敗北」の一因を作ったのかもしれないが、これは、中流層がそれだけ薄くなり、富の二極化が著しくなっているせいではないのか。老いも若きも、貧乏人は、共産党の具体的な施策に頼み、リッチピープルは、アベノミクスでさらなるリッチを目指す──。それにしても、「圧勝の自民党」の数を見れば、それほど金持ちがいるはずはないのだが、それは、「リッチを夢見る」人々(自民党に投票した人々の大部分、ということもできるが(笑))も含んでいる「宝くじ現象」ではないのか(笑)──。

 と、まあ、こんなふうに分析できるわけで、内田氏の分析方法は、まるで、日本国民が「一枚岩」(=ビジネスマンのように思考する中流で、それが薄くなりつつあることを露わにしたのが今回の選挙)の設定である。つまり、状況分析は私の考えと真逆である。だから、それはそのとおり、と思いながら、どこかに危険な匂いを嗅ぎとってしまうのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月27日 (月)

私の政治観

 政治や経済問題は、時代劇とはちがうので、勧善懲悪ではない。しかし、ある種の論者の態度は、時代劇の正義の味方のそれである。そんななかで、いわゆる市井の人間は、なにを信じたらいいのか。政治、経済の基礎の「リテラシー」を養ったうえで、自分の考えで判断するしかない。たとえば、日本の政権が自民党から民主党に変わったが、それは、自民党政権が経済的に行き詰まった結果というより、国民自身が「変化」を求めた結果に過ぎないと書いていた野口悠紀雄氏の意見に頷ける。
 自民党にも「リベラルな」若手議員はいるが、もういわゆる「土建屋政治」にはうんざりである。民主党内でも、それをひきずっているのが、小沢派と思われる。
 
 今度の尖閣諸島事件を巡っての中国側に対応する意見として、鳩山由起夫前首相が、「私なら、中国側とうまく話し合うことができた」と言っているそうだが、もしそう思うなら、他人事のように言わずに、そういう地位になくても、なんとか手を貸すべきではないのか? だいたい、鳩山由起夫氏は、小沢一郎が嫌いだったはずである(笑)。しかし、今は、小沢側に寄り添っている。それで思い出すのは、「政敵の」(?)弟、鳩山邦夫氏が、「兄は態度をころころ変える」と、書籍だったか、週刊誌だかで話していたことを思い出す。そのときは、鳩山由紀夫支持だったので、弟のひがみぐらいにしか思っていなかったが、今になると、その言葉をしばしば思い出す。
 
 もともと、尖閣諸島が中国に属していたという、歴史的事実は一度もないらしい。中国が自国の領土であると主張している根拠は、尖閣諸島が台湾のものである→台湾は自国に一地方→ゆえに、自国のもの、という論理らしい。それも、その付近の海底に、天然資源が埋蔵されていることがわかる以前は、なんら主張はしていなかったらしい。こういう動きは、クェートへ侵攻した、サダム・フセイン政権当時のイラクを思わせる。

 そういうむちゃくちゃな論理を振り回す政権(国とは言うまい。何億もの国民を、すべて「悪」として、憎むのはよくない)に対しては、やはり、岡田克也幹事長の、「中国は大きく自らの利益を損なった。世界に中国がどういう国かを発信した」という態度は正しいと思う。

 それにしても、Twitterの、9月14日午前10付けの。ケータイから(笑)の「つぶやき」で、鳩山由紀夫氏が、「代表選挙の応援団を見ていると、官僚出身、元アナウンサー、政経塾出身、弁護士は菅総理側が多いように思う。一方の小沢元幹事長側には一匹狼的な議員が多い。偶然だろうか。私には覚悟の差のような気がしてならない」などと、書いていたが、これは、論理的にどうなんでしょう? と思わざるを得ない。「官僚出身や元アナウンサーや政経塾出身や弁護士」であることと、「一匹狼であること」は、矛盾しないし、「覚悟がない」ということにもならない。こういうのは、ただのイメージである。これに反論するには、「 『スポーツ選手や議員の経験が初めての女性たち』なら、山積みする難題を裁いていけるのでしょうか?」である。いかにもキャリアが悪いように言ってるが、そのキャリアを積み上げるには、それなりの努力もいったのではないでしょうか。

 いわゆる「小沢派」の新人議員の多くは、小沢氏の言うなりになりそうな人々である。小沢一郎に期待している人々は、強い政治家、腹芸が得意な政治家、ダーティー・ヒーローが、なにか一発で胸の空くように、難題(経済も政治も)を解決してくれると信じているのである。絶対王政ではあるまいに、ひとりの指導者でなんとかできる世の中ではない。だいたい、政治家はサービス業ではない。なにかしてくれるのを待つのではなく、自らもなにができるか、考えるべきだろう。私は、草の根運動から出た人が首相なる世の中は、黒人が大統領になる世の中と同じように、やっと実現されたと思っている。

 管伸子夫人ではないが、「恐竜の時代は終わらせてもらいたい」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)