2020年4月27日 (月)

【詩】「恋」

「恋」


ドサ回りの芝居を一丁目公民館で見たとき、

そのまさに水も滴る旅烏の黒々とした目張り銀粉を少し付けて濡れたように見せている赤い唇に惚れて、

すでに創られた色男なれど胸をときめかした小学生、

あの時知った、異質な者を体内に取り込もうとする

夢の感情を恋と言い、すでに

現実ではないこと。しかし、まったくの無でもない。

「在る」こと、確実にあること、しかし

現実の文脈ではどうにも読み解けない

ランガージュによって支配されながら

なおもパロールであり続けようとする

怪しい心の動き

そうだ、

見世物小屋の入り口の中腰でしか立つことのできぬ長さの鎖につながれた、

猿に恋したこともあった。

 

 

2020年4月25日 (土)

【詩】「少女」

「少女」
 
理科準備室にいて、なにか漠然とした未来を思っていたが、まさかこのようにウイルスが押し寄せるじたいになろうとは──
自粛もなにも、たったひとりで風に吹かれていたのだった、
まだ成長途中で
2001年宇宙の旅にも届かず
そんな映画の存在も知らず、生まれて
13年ほど経ったのだった
母は肉屋で豚肉の細切れを買い、
また細切れかー、と私は思い、
それはもっと幼い頃で、意味もわからず
「あんぽはんたい、あんぽはんたい」と足踏みして踊っていた
その肉屋。
セレンディピティという言葉の存在さえしらず、
宇宙まるごとかじっていた。
あの宇宙人は、どこから来たのか?
 



2020年4月18日 (土)

【詩】「朝顔(あさがほ)」

「朝顔(あさがほ)」

朝顔というは、加茂の斎院になっていた姫君が父の死去によって役職を解かれ戻ってきた、その姫君のことを言い、かつて朝顔の歌を詠み交わしたことからついた名前である。

姫君は、源氏の父帝の弟の子供であるから従姉妹にあたるのだろうか。

かつて求愛していた女がまた視界に現れたので心が揺れるのだった。その邸だかなんだかは、いろいろお仕えしているばっちゃまたちがいて、七十にならんとするばっちゃまが源氏に色めいて歌など詠んでくるのだった。

源氏は、三十代で死んでしまう女もいるというのに、いやー、長生きな女がいるものだと呆れる。

歯医者なんかないから、歯は抜けすっぽんぽんのすぼんだ口で、

「けふから赤い爪をあなたに見せない〜♪」などと言い寄ってくるのだった。いやー、びっくりしたなー、もー。

そして、源氏は、最愛の女、藤壺の夢を見るのだったが……

夢たってねー、いろいろあらーな。

ビンスワンガーの夢、フロイトの夢、ラカンの夢……

みんなちがう。そして「人間存在」も。

ハイデガー、ヘーゲル、フッサール……

あなたは、どの夢に出ているんです?

 亡き人をしたふ心にまかせてもかげ見ぬ三ツ瀬にやまどはむ

 三途にて待っているのは渡し守いずこも同じダンテの神曲





2020年4月14日 (火)

【詩】「薄雲(うすぐも)」

「薄雲(うすぐも)」
 
ええと、島村抱月はスペイン風邪で死んで、愛人松井須磨子は首を吊ってあとを追いました。
そして、私は大学の授業で、須磨子の生の声のレコードを聴く機会を得ました。
「いのちみじかし、こいせよ、おとめ」と歌っているのですが、録音状態が悪いとしても、早口で殺伐とした感じで音程も乱れています、要するに下手なんです(笑)。
それで、四十年後ぐらいに、SARS-CoV-2というウイルスに世界は征服されてしまいました。
Nidoviral目Coronavitridae科の、一本鎖のRNAウイルスです。
ウイルスには意志はありません。
いつから地球に存在していたのか、それはまだわかっていません。
でも、大堰川の冬には存在していました。
あまりに寒いので源氏が二条東院へ転居するように勧めたのですが、明石の君は断固として承知しません。
そんなことをしたら、おのれの惨めさがますばかり。
二人のあいだの娘の姫君のみ、二条院(本宅)へ入られました。
物語はそれで終わらず、源氏の最愛の人、藤壺が死ぬ。源氏は念誦堂に籠もり、
 深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け
 入日さす峰にたなびく薄雲はもの思うふ袖に色やまがへる


2020年4月 9日 (木)

【詩】「松風(まつかぜ)」

「松風(まつかぜ)」
 
お祖父ちゃんたちは遠州の家をうっぱらって弁天島に出てきた、
そこには松ばやしがあって、たえず、松風が吹いていた。
松風には音があって、明石の君の母尼は、懐かしいセレナーデのように、京でも聴くのだった。
複雑な源氏の婚姻関係、アラブの王様もびっくり、本人たちは結構真面目で。
式部はなぜに、そんな貴族たちの性愛を事細かに書いたのか。
いまは松風がだけが鳴って、人類は絶えた。
いずれ「収束する」という夢を見ていた、
自分だけは伝染しないと信じていた、だが、すべて思い違いだった。
すでにして人間の時代は終わって、
ウイルスの時代がやってきていた。
変異につぐ変異、収束したかに見えた地域にもまた発生する。
一時中止となった仕事は二度と再会されなかった。
 身をかへてひとりかへれる山ざとに聞きしににたる松風ぞふく
 ふる里に見しよのともをこひわびてさえづることをたれかわくらん





2020年4月 7日 (火)

【詩】「絵合(ゑあはせ)」

「絵合(ゑあはせ)」
 
暗き夜に走りゆくものありし、
そは光なり、暗き穴より出でて、世界を、創るために。
暗き夜に震えるものありし、
そは鳥なり、暗き枝を降りて、茂みに身を潜め、
いま見てきたばかりの滅亡におびえる。
暗き夜を抱きしめるものあり、
そはきみ、だが、いまだかたちをとらず、言葉を知らない。
がさごそと、ユダヤの神々が交合しているとき、
わが源氏は出家を考えていた、
もう絵は見たくない、どの絵も、人間の醜さのあらわれ 、Menschsein(人間存在)!
ヒトラーこそが正しいとハイデガーは一瞬考えその考えを暗き夜のもとに廃棄した。
御堂はつくったが、いまはそのときでないと源氏の子らは思った。
 いかにおぼしをきつるにかと、いと知りがたし。


 



2020年4月 1日 (水)

【詩】「蓬生(よもぎふ)」

「蓬生(よもぎふ)」
 
源氏が須磨にいるあいだ、愛人のひとり末摘花は忘れられ、援助も絶えて、屋敷は荒れ果て使用人は去っていた。
それでも末摘花は源氏を信じて待っていた。
そんななかでも昼寝をして、亡き父上の夢を見る。
そは、フロイトかビンスワンガーかあるいはハイデッガーか、そこへ源氏がやってきた。
いずれにしろ、と、ホワイトヘッドは言っている、
あらゆる知覚、あらゆる言説、あらゆる抽象概念に対応する正確な記号を、
内包した辞書は存在しない。
この章においてわたくしははじめてこの物語が、
ポルノでもなく千夜一夜でもない、
まっとうな人間の関係の物語だと、気づくのでした。
雨が降って雨が降って濡れた蓬が美しい、末摘花と呼ばれた女は自分というものをもった女でした。
源氏は彼女の家を普請し使用人も戻ってきて、やがて彼女は源氏の家に。
 たづねてもわれこそとはめ道もなく深き蓬のもとの心を
 年を経てまつしるしなきわが宿を花のたよりにすぎぬばかりか



 
 
 



2020年3月31日 (火)

【詩】「澪標(みをつくし)」

「澪標(みをつくし)」
 
その昔大阪市の中心部は東京都の中心部と同じように一面の沼沢で葦が茂っていたそうです。
その葦に舟が邪魔されないように立てられた標識をみをつくしと呼んだんです。
その言葉にかけて「身を尽くし」、誰もが思いつく。
そんな舟に乗って私は、物語の男女の逢瀬を見物しています。
男、光り輝く帝すじ、女、わが身をみすぼらしく感じる明石の女。
そして私の名前は、新型コロナ。
水の中に溶けて待っていました、でも、私の寿命は短いんです、でも、私はすぐに生まれることができるんです、増殖も得意です。
「想定外」とは津波の規模ではなく、
まさにわたくしの登場でありましょう。
『世界はこうして滅びる』という本のなかにも、私の存在はありません、それこそまさに想定外。
志村けんはイタリア人と同じように袋に入れられどこかへ埋められたようです。
もう「現代詩」は書きようがないでせう。
 みをつくし恋(こ)ふるしるしにこゝまでもめぐりあひけるえには深しな
 数ならでなにはのこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ


 



2020年3月30日 (月)

【詩】「明石(あかし)」

「明石(あかし)」
 
ある本を探して本棚を見ていると、『吉本隆明全著作集1(定本詩集)』が埃をかぶってあった、はたして吉本さんはどんな詩を書いていたのか、
あわわ、いけね、いきなりキリスト教徒である。
このひとは、意外にも、キリスト教から出発したのかしら?
二十歳前後の頃、吉本さんちから直接雑誌『試行』を購読していた、
吉本さんが書いたらしい手書きの文字の封筒で来た。
書いてあることは私にはしちむずかしく、「状況への発言」だけがわかった、
毎号柄谷行人をけちょんけちょんに書いていた、あれも、なつかしい時間。
源氏物語の「明石」は、シェークスピアの『あらし』と『十二夜』を思わせる。
源氏が関係を持った女は、ドン・ジュアンの比ではないだろう、
これは藤原なにがしのために書いたポルノにちがいない。
あの時交わった女、明石の君への手紙を携えて、従者が明石へ帰っていく。
そのなにげない場面が美しく源氏の精液のことなど忘れてしまう。
 嘆きつゝあかしの浦に朝霧のたつやと人を思ひやるかな
 須磨の浦に心をよせし舟人のやがて朽(く)たせる袖をみせばや



 
 
 



2020年3月29日 (日)

【詩】「須磨(すま)」


「須磨(すま)」
 
架空の人物と実在の人物との間は、言葉が欠かせない、
または、過ちに罰が必要なのと同じだ。
源氏はそう自らに言い、須磨へ行く決心をした、まるで、
実在の人物のように、悲しみだけが地面に降りそそぐ。
いま、月の出を待って思いのたけを吐露したかと思えば、こんどは、
きみのことを思っている、欲望が雲のように月を覆うのだ。
きみとふたりっきりになりたい、いやそれはいけないと考えなおす。
また、ときには、海に流れゆく人形にわが身をかさね、
歴史に現れた亀裂の理解に苦しむ。
渋谷では若者がウイルスなんてかんけーねーと遊びほうけているそうだ、
そう、オレっちは軽い症状ですむしさー、死ぬのは年寄りだ、
そうですかね。そこはまだ都にすらなっていない、
 そこはまだ、石ころごろごろ、ヤブ蚊がぶんぶーん、だけど〜♪
 知らざりし大海(おほうみ)の原に流れきてひとかたにやはものはかなしき


 


 

 

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